英首相官邸を地方に置く件
首相官邸の一部をマンチェスターに置く。Andy Burnhamが掲げる「No 10 North」は、政治的にはよくできた言葉である。ロンドンのダウニング街10番地だけが英国政治の中心ではない。北部にも首相府の拠点を置く。長くロンドン一極集中に不満を抱いてきた地域に対して、「あなた方は周辺ではない」と示す効果はある。 ただし、政策として見るなら素直には受け取れない。現時点で報じられている範囲では、No 10 Northの実体的インパクトは限定的である可能性が高い。首相府の看板や職員をマンチェスターに移しても、財政権限、課税権限、包括的な予算裁量、法律上の決定権が地方政府に移らなければ、地方分権にはならない。場所が変わるだけで、権力の流れは変わらない。 この構想の本質は、地方分権というより、政治的シグナリングである。経済学的に言えば、目に見える象徴を先に動かし、目に見えにくい財政制度の再配分を後ろに置く政策である。行政学的に言えば、権限配分を変えずに行政機能の立地だけを変える構想である。前者は有権者に伝わりやすい。後者は制度を動かさない限り、ほとんど何も変えない。 地方に首相官邸があることと、地方が権限を持つことは別である 地方分権を考えるとき、最初に分けるべきものがある。ひとつは行政機能の地理的分散である。政府機関を地方都市に置く。中央省庁の職員をロンドン外へ移す。首相や閣僚が地方で会議を開く。これは中央集中を和らげる効果を持ちうる。 もうひとつは、権限の移譲である。地方政府が住宅、交通、技能教育、都市計画、地域インフラ、産業政策の優先順位を自分で決める。中央政府の補助金審査に依存せず、複数年の財源を持ち、地域の選挙で説明責任を負う。こちらが本来の地方分権である。 No 10 Northが前者にとどまるなら、それは地方分権ではない。地方に置かれた中央政府である。首相府がマンチェスターにあっても、地方市長や自治体がTreasury、Whitehall、首相府の承認を待つ構造が残るなら、統治の上下関係は変わらない。申請先がロンドンからマンチェスターに変わるだけである。 Burnhamの構想は、報道上は単なる建物移転ではなく、地域市長への権限移譲、再工業化、公共サービス改革、住宅投資と結びつけて語られている。Guardianは、BurnhamがNo 10 Northを「re...