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50代の役員は「賢い」から座っているのか──AIと経営と年齢

日本企業の役員や取締役に50代が多い。「経験があるから」と言えばそれまでだが、もう少し掘ると、認知科学の側にもそれなりの裏付けがある。 人間の知的能力には単一のピークがない。情報処理速度は18〜19歳、短期記憶は25歳前後、語彙力は60代後半と、能力ごとに最盛期が数十年単位でずれる。このこと自体は認知科学ではよく知られている。 2025年にGignac & ZajenkowskiがIntelligence誌に発表した研究は、もう一歩踏み込んでいる。認知能力に加え、性格特性、感情知能、道徳的推論、サンクコスト回避能力など16の心理的次元を統合した指標を構築し、その総合ピークが55〜60歳にあることを示した。処理速度なら20代が圧勝だが、知識・感情の安定性・判断力を合わせた「総合機能」は50代後半が最も高くなる、という整理である。 ただし、ここから「50代が役員をやるのは生物学的に正しい」とまで言えるかというと、そう単純ではない。 年齢は制度が決めている 経営トップの年齢は、認知能力だけで決まるわけではない。実際の年齢構成は、交代がどの程度起きるか、どの年齢で昇進しやすいか、就任後にどれだけ在任するかといった、組織や制度の影響を強く受ける。 日本では、その点が数字にも表れている。帝国データバンクの2025年末調査によれば、社長の平均年齢は60.8歳だった一方、2025年に交代した新社長の平均年齢は52.8歳だった。現職全体の平均年齢が高いのは、就任時点の年齢だけでなく、交代率の低さや在任期間の長さも反映していると考えられる。 実際、2024年から2025年の社長交代率は3.84%にとどまっている。少なくともこの数字は、経営トップの年齢構成を見るうえで、認知能力の年齢差だけではなく、交代の頻度や昇進慣行、後継者選抜の仕組みといった制度面もあわせて見る必要があることを示している。認知科学が示せるのは、50代でも能力を十分に維持しうるという点までであり、それだけで50代が経営トップとして最適だとは言えない。 AIが食いやすいのは、経験のうち文書化しやすい部分 50代の経営者が強いとされる能力──過去の膨大な事例からパターンを抽出し、リスクを評価し、選択肢を絞り込む──を考えると、ここにはAIとの重なりが大きい。過去データの圧縮、パターン...

ベネズエラ原油はイランの穴を埋められるのか

ホルムズ海峡が事実上閉じた。2月末の米イスラエル共同作戦とイランの報復以降、タンカー交通は壊滅的に減り、3月9日にはブレント原油が一時119ドル台まで上昇した。世界供給の約2割、平時でおおむね日量1,600万〜2,000万バレルの原油が通過する水路である。これが止まりかけている。 一方で、もうひとつ注目されている産油国がベネズエラである。2026年1月に米軍がマドゥロ大統領を拘束して以降、制裁緩和と石油部門の再編が進み始めた。確認埋蔵量は約3,030億バレルと世界最大だ。もっとも、石油部門の再建が動き出したことと、国全体の混乱が収まったことは同じではない。それでも、イランの供給が落ちた分をベネズエラで埋められないか、という発想は自然に出てくる。だが、答えはかなりはっきりしている。少なくとも短期では無理である。 まず量が足りない ベネズエラの原油生産量は、1990年代後半には日量350万バレルを超えていた。それがチャベス政権期の国有化、マドゥロ政権下の投資不足、2019年以降の米国制裁を経て急落し、2025年の平均は日量100万〜120万バレル程度。2026年1月には日量90万バレルを割り込み、3月初めにはロイターの報道で約105万バレルまで持ち直したとされる。 制裁が緩和されれば増えるのではないか、という期待はある。米エネルギー長官クリス・ライトは2月、2026年中に30〜40%の増産、つまり日量30万〜40万バレルの上乗せがありうると述べた。ただし、日量200万バレル超にはRystadの試算で1,100億ドル規模の上流投資が要るとされ、10年単位の話になる。 対するホルムズの規模は平時で日量1,600万〜2,000万バレルである。ベネズエラの増産余地が仮に年内で30万〜40万バレルだとして、この遮断に対してはほとんど誤差にしかならない。サウジとUAEがホルムズを迂回できるパイプライン容量は合計でも日量260万バレル程度。世界最大の埋蔵量を持つ国の増産見通しを足しても、桁が違う。 油種が違う 量の問題に加えて、原油の性質が違う。ベネズエラ産の主力はオリノコベルトから出る超重質油で、精製には特殊なコーキング設備が要る。イランの主要輸出グレードは中質〜やや重質で、オリノコの超重質とは性格がかなり異なる。同じ「原油」でも、製油所が簡単に切り替え...

中東リスクは欧州銀行のバランスシートにどう伝わるか

2026年3月、米国・イスラエルのイラン攻撃を受けてホルムズ海峡の通航がほぼ止まり、Brentは一時119ドル台に達した。欧州TTFガス先物も急騰し、ディーゼルやジェット燃料の先物は数日で記録的な振れ幅をみせた。 こうしたショックは「原油高」とまとめられがちだが、銀行のバランスシートから見ると、話の順番がだいぶ違う。最初に来るのは信用コストではない。担保需要、流動性負荷、金利再評価が先に来て、信用悪化はその後ろから追いかけてくる。 原油より先に効く経路 欧州にとって中東依存が深いのは、原油そのものよりも精製品とLNGのほうだ。IEAも、中東湾岸はジェット燃料やディーゼルなど中間留分の重要供給源であり市場の余力は小さいと指摘してきた。Argusによれば、EU・英国の輸入ベースでジェット燃料は過半、ディーゼル/ガスオイルは約2割がホルムズ経由とされる。Ras Laffanの液化設備が止まりカタールからのLNG出荷が途絶えたことで、アジアとの争奪を通じて欧州のガス調達コストも押し上げられている。 つまり銀行のバランスシートには、「原油高」ではなく、精製品・LNG・運賃保険のショックとして入ってくる。ではそこから先、何がどの順で来るか。 最初に来るのは、担保と流動性への圧力 エネルギー価格のボラティリティが上がると、デリバティブのVM(変動証拠金)・IM(当初証拠金)が増える。これはTreasuryに即時の現金・HQLA需要を発生させる。ALMから見れば、単なる市場損益ではなく、LCRと対市場調達への直接の圧力だ。ECBも2022年の教訓として、エネルギーデリバティブの急激な価格変動が大口マージンコールを生み、流動性ストレスがカウンターパーティに波及する構造を整理している。 同時に、法人顧客の側でも預金が動く。エネルギー多消費企業やトレーディング関連は、運転資金確保や証拠金対応のために預金を取り崩しやすい。銀行から見れば、資産側で証拠金が膨らみ、負債側で預金が抜ける。両面から流動性が削られる。 次に来るのは、金利経路 エネルギー高がインフレ期待を押し上げれば、利下げ期待の後退、場合によっては再引締め観測を通じて金利カーブが動く。実際、市場はECBの利下げ見通しを急速に巻き戻し、引き締め方向まで織り込み始めた。 ALMにとっては、こ...

「大人って、いつから楽になるん?」について

子どもにこう聞かれたら、どう答えるだろうか。 「大人って、いつから楽になるん?」 宿題がなくなる。門限がなくなる。好きなものを買える。けれど、大人の側はたいてい苦笑いする。SNSで目に入るのも、悩みから解放された姿というより、仕事、人間関係、お金、税金、育児、介護、見えない不安についての話は多い。では、楽になる日は来ないのか。 この問いを考えるとき、まず「大人になると自由が増える」といった制度の話から入ることもできる。だが、その前に、もう少し脳の働きのほうへ思いを向けてみたい。人は条件がよくなればそのまま素直に楽を感じ続けられる、というほど単純にはできていなさそうではある。 何もしなくていい状態は、本当に楽なのか まず確認しておきたいのは、負荷がゼロの状態と、心地よさとは同じではないということだ。 バージニア大学のティモシー・ウィルソンらが2014年に発表した実験がある。被験者を何もない部屋に15分間ひとりにして、「ただ考えごとをしていてください」と伝える。部屋には自分に電気ショックを与えるボタンだけが置いてある。事前のアンケートで「お金を払ってでもこのショックは避けたい」と答えた人たちのうち、男性の67%、女性の25%が、15分間のあいだに自らボタンを押した。退屈に耐えるくらいなら痛みのほうがまし、という選択をしたわけである。 脳の働き方を見ても、それに近いことが言える。外からの課題に集中していないとき、脳は休んでいるわけではない。デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる領域群が活発になり、過去を思い返したり、先のことを想像したり、自分のことをあれこれ評価したりする。この活動は自己理解や創造性にもつながる大事な働きだが、fMRIを使った研究では、DMNは心のさまよいや自己参照的思考と関係し、とくに反すうや不快な自己注目と結びつくことがある。 つまり、何もしなくていい状態が、そのまま安らぎになるとは限らない。空白が増えると、脳は勝手にその空白を埋めはじめる。しかも、その中身は楽しい空想より、気がかりや反省に寄りやすい。「楽になったはずなのに、なんだか落ち着かない」は、気のせいではない。 人は、負荷そのものを嫌っているわけでもない 経済学の教科書では、労働はコスト、余暇は財として扱われる。もちろん大枠ではその通りだが、現実の感覚はそ...

市場レポートに値段がつくと困るのは誰か──MiFID IIとリサーチの値付け

無料で届く市場レポートは、本当に無料なのだろうか。 話の発端は、2018年のMiFID IIという欧州規制だ。リサーチのアンバンドリング、つまり運用会社が外部リサーチを受け取るなら、その対価を執行手数料から切り離して明示的に支払うべきだ、という制度変更である。 それまでセルサイド・リサーチの費用は、売買の執行手数料の中に事実上埋め込まれていた。レポート単体に値段はついていない。だから見かけ上は「無料」に見える。MiFID IIは、その曖昧さに透明性を持ち込もうとした。 念のために言えば、これは欧州規制の話だ。日本にそのまま当てはまるものではない。ただ、リサーチを何で支え、どう回収するかという論点は、どの国から見てもそれなりに示唆がある。 規制の意図は明快だった。手数料の中にリサーチ代が紛れ込んでいれば、運用会社はコストを意識しにくい。不要なリサーチまで取り込み、その費用は最終的にアセットオーナーが負担する。利益相反を減らし、コストの所在を見えやすくする。理屈としては筋が通っている。 ただ、値札がついた瞬間に起きることも見えていた。バイサイドはリサーチ予算を明示的に絞る。審査も入る。「このレポートに年間いくら払うのか」という問いに、一つひとつ答えなければならない。 そうなると真っ先に削られるのは、代替のきく情報だ。中銀会合後の速報コメント、標準的なマクロ見通し、統計の要約。こうした定型ものは複数のセルサイドから似た内容が届く。ひとつに絞っても、たぶんすぐには困らない。 セルサイドのエコノミスト・レポートに値札をつけろと言われたとき、強い懸念は買い手だけでなく書き手の側からも聞かれた。自分の仕事に正式な価格がつくのだから、歓迎してもおかしくないはずなのに、そうはならなかった。MiFID IIによる明示課金化には、とくにセルサイドのリサーチ供給者は、研究予算の縮小と需要減少を警戒していた。 この反応は一見すると不合理に見える。だが現場にとってはかなり合理的だ。その理由をたどると、「無料の情報は価値が低い」という通念そのものを見直す必要が出てくる。 エコノミストたちが恐れたのは、「自分のレポートに値段がつくこと」そのものではなかったと思う。値段がついた瞬間に、それまで補完財として広く配られていた情報が、単体の商品として選別される側に回る(...

お金はどこで止められるのか──ウクライナ装甲車と決済インフラの話

2026年3月5日、ブダペスト市内で装甲車2台が止められた。中にはウクライナ国営オシチャド銀行の職員7名。オーストリアのライファイゼン銀行との契約に基づき、ウクライナへ現金4,000万ドル、3,500万ユーロ、金塊9キログラムを運ぶ途中だった。総額およそ8,000万ドル。ハンガリーの税務関税庁はマネーロンダリング容疑で刑事手続きを開始し、ウクライナ外務省は「国家テロであり強奪だ」と非難した。7名はその後、ハンガリーから国外追放処分となった。 この一件は、決済インフラというものの性質を考えるのに、かなり有用な素材を提供している。ふだん決済の話というと「どうやって送るか」に関心が向きがちだが、本当に重要なのはむしろ「どこで止められるか」のほうだ。価値移転の最終性をどの法秩序が保証し、その経路のどこで国家権力が介入できるか。それを決めているのが決済インフラであり、この事件は、そのことを可視化した。 なぜ現金を物理的に運ぶ必要があったのか まず、ウクライナがSWIFTを使えないとか、電子送金の手段がないとか、そういう話ではない。ウクライナの銀行はSWIFTに接続しているし、コルレス銀行ネットワーク経由の国際送金も日常的に行われている。T2(欧州中央銀行のユーロ大口決済システム)やSEPAには参加していないが、それは電子的な価値移転ができないことを意味しない。 では、なぜ装甲車なのか。 答えは、電子送金と現金供給は別の問題だからだ。銀行間の帳簿上の資金移動と、国内の現金市場に物理的な紙幣を供給することは、まったく異なるオペレーションである。 戦時下のウクライナでは、電力網や通信インフラがいつ攻撃されるかわからない。電子決済システムが落ちれば、ATMは止まり、カード決済は使えなくなる。そのとき経済を回し続けるには、市中に十分な外貨紙幣が流通している必要がある。中央銀行や市中銀行は、取り付け騒ぎを防ぎ為替市場を安定させるためにも、ドルとユーロの現物を手元に確保しておかなければならない。金塊は、デジタルネットワークから完全に独立した価値の保存手段だ。 オシチャド銀行自身が説明しているように、この輸送はライファイゼン銀行との合意に基づく定期的な現金補給業務だった。つまりこれは「遅れた国が古い方法で送金している」という話ではなく、戦時の現金流通を維持する...

ユニクロが「高級ブランド」になる国、ならない国

同じユニクロの服を着ていても、ある国では「大衆」に見え、別の国では「富裕層」に見える。ブランドが変わったわけではない。変わったのは、その服の値段が刺さる所得分布の位置だ。 2026年3月、Bloombergの記事がユニクロのインド戦略を「more affluent shoppers(より裕福な消費者)をターゲットに」と報じたのを目にした。日本からこの見出しを読むと違和感がある。ユニクロは手頃な日常着の代名詞だからだ。だが、この違和感こそが国ごとの購買力の差を映し出している。グローバル企業の価格設定は、その国の「中間層」がどれほどの厚みを持っているかを、残酷なほど正確に可視化する。 インドの中間層はどこにいるのか ブルッキングス研究所の推計によれば、アジアの中間層は2020年時点で約20億人、2030年までに35億人に達する見通しだ。巨大な数字である。では、その「中間層」とは誰か。 国際的な定義では、購買力平価ベースで1日12〜120ドルの消費支出がある層を指す。問題は、この幅が広すぎることだ。下限の12ドル付近で暮らす人は、スマートフォンこそ持てるようになったが、衣料品に数千ルピーを使う余裕はない。インドで急増している中間層の大部分はこの下位〜中位に集中しており、ユニクロの価格帯が「日常着」になる層ではない。 だからユニクロのインド戦略は、ピラミッドの上のほう——可処分所得に余裕のある都市部の消費者——に絞り込まれる。2026年3月時点でインド国内の店舗数は18。出店先はデリー、ムンバイ、ベンガルールの高級モールだ。 一方、ピラミッドの中〜下位を掴んでいるのが、タタ・グループ傘下のZudio(ズディオ)である。2025年3月時点で765店舗、235都市に展開。商品の大半が300〜1,000ルピー(約500〜1,700円)に収まり、インドのアパレルブランドとして初めて年間売上10億ドルを突破した。 18対765。この差は、どちらが優れているかの話ではない。同じ「インドの中間層」という言葉が、グローバル価格で買える層と、現地価格でしか買えない層に分かれているという事実を示している。 ブランドの格付けを決めるもの ブランドの「格」を決めているのは、商品の質ではない。価格が所得分布のどこに刺さるか、だ。ユニクロの品質...

CANZUKは「構想」から「現実」に近づいているのか

カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス。この4か国の頭文字をとった「CANZUK」という言葉を聞いたことがあるだろうか。英連邦の旧自治領である4か国が、貿易、安全保障、人の移動において統合を深めようという構想だ。EUのような超国家機関を目指すわけではないが、共通の法体系と言語を持つ「信頼できる民主主義国」同士で、もっと壁を低くしようという発想である。 長らくシンクタンクやロビー団体(CANZUK International)の「願望リスト」にとどまっていたこの構想が、2026年に入って急に具体的な動きを見せ始めた。何が起きているのか。そしてそれは本当に「進展」と呼べるものなのか。 ロンドンとシドニーで同時に動いた2つの歯車 2026年3月3日、カナダの最大野党・保守党のピエール・ポワリエーヴル党首がロンドンのCentre for Policy Studiesでマーガレット・サッチャー・レクチャーに登壇し、「現代版CANZUK」の構築を正式に提唱した。医師やエンジニアの資格の自動承認、製品の規制同等性の推定(ある国で安全と承認された薬や部品は他の3か国でも自動承認する仕組み)、重要鉱物とLNGの供給協定、防衛調達の統合。いずれも具体的な政策パッケージとして提示されている。 興味深いのは、まったく同じ週にカナダのカーニー首相がオーストラリアを訪問していたことだ。約20年ぶりとなるカナダ首相のオーストラリア議会演説が予定され、重要鉱物の共同開発、AI・防衛産業協力、さらにCPTPP(環太平洋パートナーシップ)とEUの連携構築まで議題に上っている。与党と野党が、異なる地理的拠点から、ほぼ同時にCANZUK的なアジェンダを推進している。カナダ国内政治の文脈では激しく対立する両陣営が、「信頼できる同盟国との連携を深める」という方向性では奇妙なほど一致しているのだ。 では、これをもって「CANZUKが制度化に向かっている」と言えるだろうか。ここは慎重に見る必要がある。 「同時に起きていること」と「一緒にやっていること」は違う 2026年2月24日、ウクライナ全面侵攻から4年の節目に合わせて、4か国がそれぞれロシアに対する追加制裁を実施した。CANZUK Internationalはこれを「4か国の協調制裁」と発信している。だが、政府間で...

米国のスペイン貿易停止警告を読む──スペインを狙うとEUが出てくる

2026年3月3日、トランプ大統領はドイツのメルツ首相との会談中に、スペインとの「すべての取引を止める」と発言した。ベセント財務長官には罰則措置の調査を指示している。対イラン軍事作戦でスペインがロタとモロンの米軍基地使用を拒否したことが直接の引き金だ。 注目したいのは、関税ではなく「禁輸(embargo)」という語が使われていることだ。関税は価格への上乗せだが、禁輸は取引そのものの遮断である。同盟国に対してこの語彙が出てくること自体、異例だろう。 引き金は2本ある 短期のトリガーは基地使用の拒否だが、背景にもう1本の軸がある。NATO防衛費の問題だ。2025年6月のハーグ・サミットで加盟国はGDP比5%の目標に合意したが、32カ国中スペインだけがこの目標へのコミットを拒み、自国の上限を2.1%とするオプトアウトを取り付けた。サンチェス首相は「5%は不合理」とルッテ事務総長に書簡で伝えている。トランプ大統領は以前からスペインのNATO追放にまで言及しており、基地問題が最後の一押しになった。 では「禁輸」は法的に可能なのか。 最高裁判決をどう読むか 根拠として挙がるのは1977年制定の国際緊急経済権限法(IEEPA)だ。トランプ大統領は「最高裁が禁輸の権限を再確認した」と述べている。 だが注意が要る。2026年2月20日の連邦最高裁判決(Learning Resources, Inc. v. Trump)は、6対3でIEEPAに基づく関税賦課権を否定した。ロバーツ首席判事は「IEEPAは大統領に関税を課す権限を授権しない」と判示している。判決の核心は関税の否定であり、禁輸権限の積極的な承認ではない。「再確認」という言い回しは、判決の射程からかなりずれている。 もっとも、IEEPAの条文上、国家非常事態を宣言して特定国との取引を規制する余地自体は残っている。問題は同盟国スペインを「非常事態の対象」にする政治コストと法的ハードルだ。規則整備、ライセンス設計、執行体制──発言から実行までの制度的距離はかなりある。 数字が語る不思議な構図 貿易データを見よう。米国国勢調査局によれば、2025年の対スペイン輸出は約261億ドル、輸入は約213億ドル。米国側が48億ドルの黒字を4年連続で計上している。 通常、貿易赤字相手に関税をかける...

担保は本当にそこにあるのか──MFS破綻が問いかけるもの

2026年2月25日、ロンドンの不動産担保融資会社Market Financial Solutions(MFS)が破綻した。翌日からバークレイズが5%安、米ジェフリーズは一時10%安。「英住宅ローン会社が破綻」という見出しだけ見ると住宅市場の問題に見えるが、核心はそこではない。地味だけれど根深い──「担保」という仕組みそのものが壊れた、という事案だ。 何が起きたのか MFSはメイフェアに拠点を置き、不動産を担保にしたつなぎ融資や賃貸投資向けローンを専門にしていた。融資残高は約24億ポンド。資金の出し手にはバークレイズ、アポロ傘下のAtlas SP、サンタンデール、ジェフリーズ、ウェルズ・ファーゴが並ぶ。 関連会社が裁判所に持ち込んだ申し立てで指摘されたのが「二重担保(double pledging)」──同じ不動産を複数の貸し手に別々に担保として差し入れていた疑いだ。判事は不正の疑惑を「非常に深刻」と表現し、即座に管財手続きを認めた。債権者側の試算では、12億ポンドの債務に対して担保不足額は最大9.3億ポンド。80%以上が宙に浮いている可能性がある。 株が売られた理由 バークレイズのエクスポージャーは約6億ポンド、アポロ約4億ポンド、ジェフリーズ約1億ポンド。いずれも自己資本で吸収可能な規模に見える。ではなぜここまで売られたのか。 理由は「損失額」よりも「不確実性」にある。担保が二重に差し入れられていたなら、誰が第一順位の権利者かわからない。回収率は法的整理の帰趨次第で大幅に変わる。投資家は計算できないリスクに直面すると、最悪を前提に動く。 そしてもうひとつ。市場が恐れているのは「これだけで済むのか」という問いだ。 6カ月で3件目 時計を半年巻き戻す。2025年9月、米サブプライム自動車ローンのTricolorが破綻。同じローン債権を複数の銀行に担保として差し入れていた。ほぼ同時期に自動車部品のFirst Brandsも破綻。サプライチェーン・ファイナンスの枠組みで売掛債権を二重に担保にしていた疑いがあり、報告上のレバレッジ5倍に対し実質20倍近かったとの指摘もある。 そして今度はMFS。業種も国も違うが、構造は同じだ。担保資産を一意に管理する仕組みの不在を突いて、同じ資産を複数の貸し手に差し入れる。ちなみにジェフリーズはFi...

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