ベネズエラ原油はイランの穴を埋められるのか

ホルムズ海峡が事実上閉じた。2月末の米イスラエル共同作戦とイランの報復以降、タンカー交通は壊滅的に減り、3月9日にはブレント原油が一時119ドル台まで上昇した。世界供給の約2割、平時でおおむね日量1,600万〜2,000万バレルの原油が通過する水路である。これが止まりかけている。

一方で、もうひとつ注目されている産油国がベネズエラである。2026年1月に米軍がマドゥロ大統領を拘束して以降、制裁緩和と石油部門の再編が進み始めた。確認埋蔵量は約3,030億バレルと世界最大だ。もっとも、石油部門の再建が動き出したことと、国全体の混乱が収まったことは同じではない。それでも、イランの供給が落ちた分をベネズエラで埋められないか、という発想は自然に出てくる。だが、答えはかなりはっきりしている。少なくとも短期では無理である。

まず量が足りない

ベネズエラの原油生産量は、1990年代後半には日量350万バレルを超えていた。それがチャベス政権期の国有化、マドゥロ政権下の投資不足、2019年以降の米国制裁を経て急落し、2025年の平均は日量100万〜120万バレル程度。2026年1月には日量90万バレルを割り込み、3月初めにはロイターの報道で約105万バレルまで持ち直したとされる。

制裁が緩和されれば増えるのではないか、という期待はある。米エネルギー長官クリス・ライトは2月、2026年中に30〜40%の増産、つまり日量30万〜40万バレルの上乗せがありうると述べた。ただし、日量200万バレル超にはRystadの試算で1,100億ドル規模の上流投資が要るとされ、10年単位の話になる。

対するホルムズの規模は平時で日量1,600万〜2,000万バレルである。ベネズエラの増産余地が仮に年内で30万〜40万バレルだとして、この遮断に対してはほとんど誤差にしかならない。サウジとUAEがホルムズを迂回できるパイプライン容量は合計でも日量260万バレル程度。世界最大の埋蔵量を持つ国の増産見通しを足しても、桁が違う。

油種が違う

量の問題に加えて、原油の性質が違う。ベネズエラ産の主力はオリノコベルトから出る超重質油で、精製には特殊なコーキング設備が要る。イランの主要輸出グレードは中質〜やや重質で、オリノコの超重質とは性格がかなり異なる。同じ「原油」でも、製油所が簡単に切り替えられるものではない。

米メキシコ湾岸の製油所は歴史的にベネズエラの重質油を処理する設計になっており、相性はよい。ベネズエラ産が増えれば、ここには素直に吸収される。だが、ふだん中東産の中質油を中心に処理しているアジアの製油所が、既存の最適化や契約を崩してまでベネズエラの超重質油に短期で全面的に切り替えるのは現実的ではない。イランの穴がいちばん痛いアジア市場に対して、ベネズエラ産はそのまま代わりにはなりにくい。

代替ではなく玉突きが起きている

実際の市場で起きていることは「代替」よりも「フローの組み換え」に近い。制裁下のベネズエラ産原油はこれまで大幅なディスカウントで中国の独立系製油所に流れていた。制裁緩和後、その原油は正規の国際価格で米欧に向かい始めている。2月のベネズエラ輸出は日量約74万バレルで、中国向けが急減した分を米欧向けの増加では埋めきれていないとロイターは報じている。

他方で、安価な重質油の供給を失った中国勢は、イラン産原油に向かっているとの見方がある。戦時下でもシャドーフリート(制裁逃れ用の船団)を中心にホルムズ経由の一定のイラン産フローは続いているとされ、ベネズエラ産が西へ、イラン産が東へ、という流れの再配置が起きている。片方が片方をきれいに代替する構図ではない。

政変でもインフラは一夜で戻らない

中長期では回復余地があるとの見方自体は、エネルギー分析会社のあいだで共有されている。もっとも、その回復ペースには大きな幅がある。Kpler は2026年末までに日量110万〜120万バレル程度への回復を見込み、Wood Mackenzie も最良の条件がそろえば数年で日量200万バレル近辺まで戻りうるとみる。ただし、いずれも短期の代替供給源になるという意味ではない。

ただし「徐々に」がどのくらいかは、国内事情に依存する。暫定指導部と米国の対話は進んでいるが、旧体制の治安機構は残り、インフレは年率換算で617.9%(2月、ロイター計算)、IMFの通年見通しは682%。UNHCRによれば難民・移民は約790万人で、人口の4分の1超が国外にいる。石油部門に買い手がつき始めたことと、国としての安定が戻ったこととは別の話である。Rystadのレオンが述べたとおり、リビアやイラクの前例は、政権交代が石油供給の安定に直結しないことを繰り返し示してきた。

短期の価格を動かしているもの

整理すると、こういうことになる。ベネズエラの埋蔵量は巨大で、中長期的な供給の上振れ余地は確かにある。だが、いまホルムズ海峡で起きている遮断リスクに対して、短期の消火器にはならない。量が桁違いに足りず、油種も合わず、増産には年単位の時間と数百億ドルの資金がいる。市場で起きているのは代替ではなくフローの玉突きであり、ベネズエラ産がイラン産の穴をそのまま塞ぐという絵にはなっていない。

いま価格を動かしているのは、埋蔵量ではない。足元で使える輸送ルートと、製油所が実際に処理できる油種である。

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