日本と英国、現役世代を苦しくするものは何が違うのか
資産1億円以上の世帯は、日本では約5%である。英国の資産を現在の為替で円換算すると、1億円相当以上は約37%になる。
日本の約7倍。これだけなら、英国の家計は日本よりはるかに豊かに見える。
しかし、購買力を考慮すると英国の割合は約24%まで下がる。さらに英国の資産統計には住宅と私的年金が含まれており、日本と定義がそろっていない。
つまり、約37%だけを強調するのも、為替の影響を理由に英国比較を捨てるのも適切ではない。市場為替と購買力の両方を置いたうえで、資産の中身を見る必要がある。
そこから見えてくるのは、日英に共通する「高齢層への資産集中」と、異なる「現役世代の苦しみ方」である。
一億円の価値
2026年7月16日、1ポンドは219円である。この市場為替では、1億円は約45万5600ポンドになる。
英国国家統計局の2020年4月から2022年3月までの調査では、世帯総資産が50万ポンド以上の世帯は34%、30万~50万ポンドの世帯は15%である。
45万5600ポンドは30万~50万ポンド層の上端にある。公表された資産帯の内部を補間すると、1億円相当以上は約37%となる。ただし、これは厳密な実測値ではなく、資産帯から求めた概算である。
ここで購買力を入れると、結果は変わる。
市場為替は、通貨を実際に交換するときの価格である。海外の株式や不動産を円換算する場面には向いているが、各国でどれほどの商品やサービスを買えるかまでは表さない。
購買力平価は、国ごとの物価差をならす換算方法である。世界銀行が公表する2025年の家計消費ベースの購買力平価は、日本が1国際ドル当たり103.34円、英国が0.70ポンドである。この比率から計算すると、購買力ベースの1ポンドは約148円となる。
したがって、日本国内で1億円が持つ購買力は、英国では約68万ポンドに相当する。市場為替による約45万5600ポンドより、5割近く高い。
英国の50万~100万ポンド層は全世帯の20%で、その中央値は約68万1100ポンドである。購買力ベースの基準はほぼこの中央値に位置するため、1億円相当以上は概算で約24%となる。出典は世界銀行の家計消費購買力平価と英国国家統計局の世帯資産統計である。
英国の割合は、市場為替なら約37%、購買力なら約24%となる。どちらか一方だけが正解なのではない。
- 海外資産として換算するなら市場為替が近い
- 国内での生活水準を比べるなら購買力平価が参考になる
- 世代間格差を考えるなら資産の定義と中身が重要になる
なお、日本の資産調査は2019年、英国は2020~2022年、為替と購買力平価はさらに新しい。約37%と約24%は現在の正確な英国比率ではなく、換算方法によって見え方がどれほど変わるかを示す数字である。
英国の「1億円」には住宅と私的年金が入っている
市場為替と購買力の違いを調整しても、日英の割合には大きな差が残る。主因は、英国の資産価格が高いことだけではない。統計上の資産の範囲も違う。
英国の世帯総資産は、住宅純資産、純金融資産、自動車や家財、私的年金受給権の合計である。構成比は住宅が40%、私的年金が35%、金融資産が14%、家財などが10%となる。
つまり、英国の1億円相当世帯が、銀行口座や株式で1億円を持っているわけではない。自宅の評価額と、将来受け取る私的年金の現在価値が大きな部分を占める。
日本の全国家計構造調査では、純金融資産に住宅・土地を加えた純資産総額が1億円以上の世帯は5.19%である。一方、公的年金や確定給付型企業年金の将来受給権は、英国と同じ方法では資産計上されていない。
したがって、日本の5%と英国の24%または37%は、同じ定規で測った順位ではない。英国の数字は、住宅市場と私的年金制度に参加できた世代が持つ「将来所得を含む資産」の厚みを示している。
高齢層への資産集中は日英に共通する
定義は違っても、高齢層ほど資産が多いという構図は共通する。
日本で純資産1億円以上となる割合は、世帯主が35歳未満では0.25%、35~44歳では1.77%、55~64歳では6.58%、65~74歳では8.39%である。
1億円以上世帯の61.5%は世帯主が65歳以上である。ただし、65歳以上世帯の約91.7%は1億円未満であり、高齢者の多くが富裕層なのではない。データは総務省の年齢・資産分布表から計算した。
英国では、世帯主年齢別の総資産中央値が25~34歳で10万9800ポンド、45~54歳で30万1900ポンド、55~64歳で49万6500ポンド、65~74歳で50万2500ポンドである。
市場為替の基準である45万5600ポンドなら、55~64歳と65~74歳の中央値を下回る。両年齢層の過半数が1億円相当以上になる。
しかし、購買力ベースの約68万ポンドなら、両年齢層の中央値を上回る。過半数には届かない。
ここでも、英国高齢者の過半数が「日本人から見て1億円の購買力」を持つとは言えない。市場為替では過半数、購買力では半数未満となるからである。
英国の現役世代を苦しめるのは住宅である
英国で世代間格差を押し広げる中心は、住宅と私的年金である。
イングランド住宅調査によると、2024~2025年の持家率は16~34歳で42%、65歳以上で79%である。出典は英国政府の年齢別住宅調査。
以前から住宅を持つ世帯は、住宅価格の上昇によって資産が増える。これから購入する世帯は、高い家賃を払いながら、値上がりする頭金をためることになる。
英国では、家を買えた時期の差が、その後の資産格差に直結しやすい。高齢層の資産が多いのは、現金をため込んだからだけではない。住宅市場と年金制度に早く入れた効果が大きい。
英国の現役世代の苦しさは、資産価格が上昇するほど住宅市場へ入りにくくなる点にある。
日本の現役世代を苦しめるのは給与からの負担である
日本でも住宅取得の壁はある。だが、英国との違いが表れやすいのは、給与から差し引かれる負担である。
OECDの2025年データでは、平均賃金の単身労働者について、企業の人件費に占める所得税と社会保険料の合計は、日本が33.1%、英国が32.4%である。総負担率はほぼ同じである。
違いは中身にある。日本では本人負担の社会保険料が労働コストの12.7%、所得税が6.9%である。英国では社会保険料が4.9%、所得税が15.4%となる。出典はOECD「Taxing Wages 2026」。
英国は所得税、日本は社会保険料の比重が相対的に大きい。
日本の現役世代は、住宅や子育ての支出が重なる時期に、年金、医療、介護を支える保険料も給与から負担する。その残りで将来の資産を形成する。
総務省の2025年家計調査では、二人以上世帯のうち世帯主が40歳未満の平均貯蓄現在高は994万円、平均負債現在高は1882万円である。負債の中心は住宅ローンであり、それ自体が異常なのではない。それでも、資産形成前の家計が大きな固定費を抱えている姿は見える。
日本をさらに重くする人口構造
日英の差を深めるのが高齢化の速度である。
OECDによると、20~64歳人口100人に対する65歳以上人口は、2024年の日本で54.9人、英国で34.0人である。2054年には日本が80.0人、英国が46.1人になると予測されている。
出典はOECD「Pensions at a Glance 2025」。
これは、現役一人が高齢者を何人養うかを直接示す数字ではない。高齢者にも働く人がおり、社会保障には税金や積立金も使われる。
それでも、社会保険料を負担する中心人口に対して高齢人口が多いという日本の条件は変わらない。給与から集める負担の比重が高い制度と、この人口構造が重なることで、現役世代の資産形成余力が圧迫されやすくなる。
日英では、世代間の壁が立つ場所が違う
英国の現役世代は、住宅市場へ入れるかどうかで資産形成の道が分かれる。住宅を持つ高齢層は価格上昇の恩恵を受け、若年層は高い家賃と購入価格に直面する。
日本の現役世代は、住宅や子育てに加えて、人口高齢化を支える社会保険料が給与から差し引かれる。資産をまだ持たない時期に、将来世代と高齢世代の双方を支える支出が重なる。
どちらが主観的により辛いかは決められない。だが、苦しさが発生する経路は区別できる。
- 英国では住宅価格と私的年金が世代差を広げる
- 日本では社会保険料と人口構造が資産形成前の所得を圧迫する
- 高齢層への資産集中は両国に共通する
市場為替なら英国の1億円相当世帯は約37%、購買力なら約24%である。この差は、円安を無視できないことを示す。同時に、どちらの換算でも日本との単純比較ができないことも示している。
英国比較の意味は、「英国の方が豊かだ」と語ることではない。住宅価格が若者を締め出す国と、給与からの負担が資産形成を遅らせる国では、同じ世代間格差でも異なると理解することにある。
英国では家を買えた世代と買えない世代の間に壁がある。日本では資産を持つ世代と、資産をつくる前に手取りを削られる世代の間に壁がある。
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