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11月, 2025の投稿を表示しています

仏国債格下げで目が覚めたブレグジット島~こんにちは現実、格下げされたのはロンドナーのボーナスでした~

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序論 本稿は、@ActiveIndexさん企画の「金融系 Advent Calendar 2025 - Adventar」への投稿である。年末企画として、欧州、特にロンドン金融の視点から、2025年時点でのブレグジットの立ち位置を改めて振り返りたい。 「今さらブレグジット?」と思う方もいるかもしれない。しかしご存じの通り、ブレグジットは交渉過程そのものが長期にわたったように、金融環境への影響も時間差を伴って現れる。確かにブレグジット後もロンドンの金融街は健在であり、活動規模こそやや縮小したものの、依然として各国銀行の現地法人が集積している。そのため「結局、たいした影響はなかったのでは」と感じている人も少なくないだろう。 だが、フランス国債の格下げを契機に、実はこれまで見過ごされてきた構造的な歪みが表面化し始めている。いまになって、「こんなはずではなかった」という現実が、露わになりつつある。 2025年10月、主要格付機関によるフランス国債の格下げは、流動性規制における高品質流動資産(HQLA)の扱いを再び焦点化させた。この問題は、ブレグジット後の在英銀行にとって特に重要である。なぜなら、EU離脱によって英国は独自の流動性規制体制へ移行し、EU加盟国国債の取り扱いが大きく変化したためである。 本稿では、ブレグジット後の英流動性環境の進化を概観し、CRD VIの第21c条による越境業務規制の導入と合わせて、英銀 のバランスシート、流動性管理、EUアクセスに及ぼす影響を考える。 HQLAの分断化 ブレグジット以前、英国はEU資本要件規則(CRR:Regulation (EU) No 575/2013)の適用下にあり、EU加盟国の発行する全ての国債は信用格付にかかわらず自動的にレベル1HQLAとして認定されていた。 離脱後、英国はCRRを国内法に移管(UK CRR)したものの、適格性基準を修正した。 参照: http://www.legislation.gov.uk/id/eur/2013/575 ...

ファンダメンタルズから乖離という言い訳

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市場における言葉の働きとその解釈のズレを題材にしたコラムです。事実関係の整理には配慮していますが、あくまで思想的・批評的な読み物としてお読みください。 市場文学 通貨売り局面で、政府が「現在の為替レートはファンダメンタルズと乖離している」と言い始めた時、 それは本当に市場の行き過ぎを正すシグナルになっているのか。それとも、政策当局が 現実を直視することをやめたサインなのか。 1. 「ファンダメンタルズと乖離している」とはどんな言い訳か 通貨危機局面でよく聞かれるフレーズに、 「現在の為替レートはファンダメンタルズと乖離している」 というものがある。一見もっともらしいが、この言い方にはいくつかの前提が埋め込まれている。 為替レートには「本来あるべき水準」がどこかに存在する。 その水準は政府や当局が把握しており、現在の市場価格はそれから外れている。 したがって、現在のレートは「市場の誤り」や「投機の行き過ぎ」であり、我々の政策の問題ではない。 しかし、実際の為替レートは次のような複数の要因の総合結果として決まっている。 金利差や期待インフレ 経常収支・対外純資産 対外・対内投資フロー、ポジション構造 財政の持続可能性や政治リスク 信用スプレッド、金融システムへの信認 短期的な需給・フロー(HF、CTA、機関投資家など) これらをすべて織り込んだ結果として「いまのレート」が出ている以上、 当局が気に入ろうと気に入るまいと、それは一種の均衡点である。 にもかかわらず、「乖離」という一言で片付けてしまうと、その背後にある 金利政策・財政運営・資本フロー構造などの議論が一気に消えてしまう。 もちろん、市場が常に合理的で、常にファンダメンタルズ通りに動くわけではない。 パニックやオーバーシュートで一時的に実力から大きく外れることもあるし、 市場の誤りが現実を変えてしまう...

「通貨介入」は円安を止めれるのか?~数字上の制約~

為替介入の物理的制約 円安介入の限界と構造的要因 2025年11月、円相場は再び1ドル157円台という危険水域に突入している。 片山さつき財務大臣は「介入も当然考えられる」と市場を牽制したが、相場の反応は限定的である。 介入には構造的な限界があることを、市場がすでに織り込んでいるためだとも言える。 以下、為替介入が構造的に抱える制約を考察する。 1. 規模の限界:コップの水 vs 大河の流れ 為替介入を論じる際、まず直視すべきは市場規模と介入原資の圧倒的な非対称性である。 市場の規模 国際決済銀行(BIS)の2022年調査によれば、世界の外国為替市場の1日あたりの平均取引高は約7.5兆ドル(約1,150兆円)に達する。 このうち円が関与する取引は約1.25兆ドル/日(約190兆円/日)である。 日本の「弾薬」 一方、日本が介入に使える外貨準備高は、2025年12月末時点で約1兆3,698億ドルである。(約200兆円) 一見すると巨額だが、その内訳は以下の通りだ。 証券(米国債等):約1兆37億ドル(約73.4%)※外貨準備の主要部分 預金(現金/中央銀行・BIS等への預金):約1,604億ドル(約11.6%) その他(IMF準備順位、SDR、金・その他の準備資産):残り(IMF 112.6億ドル、SDR 608.4億ドル、金 1,171.7億ドル、その他 163.1億ドル) 財務省:外貨準備等の状況 即座に介入原資として活用可能なのは、原則として「預金」の約1,604億ドル(約25兆円)である。 証券については、2022年および2024年の介入時に米国債を売却してドルを調達した実績があるが、 大規模な売却は米国債市場への影響や米国との政治的関係を考慮せざるを得ない。 数字が示す現実 過去最大級の介入である2024年4〜5月の円買い介入は、約9.8兆円(約650億ドル)であった。 これを円市場の1日分の取引量(約1.25兆ドル)と比較すると、わずか5%程度にすぎない。 巨大な市場の奔流に対して、日本が投入できる資金は「バケツ数杯の水」程度である。 一時的な攪乱にはなっても、水流の逆転には至らない──これが現実である。 ...

日本国債の格下げはいつ来るのか

日本国債の空売りで大損した投資家が続出したことから、この取引は「ウィドウメーカー(未亡人製造機)」と呼ばれてきた。政府の借金が膨らんでも金利は上がらず、格下げがあっても市場は動かなかった。だから日本は特別だ──と。 だが、その「特別」の前提は今や昔、10年物国債利回りは2026年2月初旬に2.25%前後まで上昇し、27年ぶりの高水準を記録。高市早苗政権が打ち出す過去最大122兆円の予算案、国債の利払い費は年間31兆円超と歴史的な水準に膨らんでいる。 日本国債の格下げは本当に起こるのか。起こるとしたら何がトリガーになるのか。このエッセイは、「何がどう変われば格下げが近づくのか」、その判断材料を整理したい。 第1章 いま日本国債はどう見られているか まず現在地を押さえたい。2026年2月時点の格付けは以下の通り。 S&Pが「A+」見通し安定的。ムーディーズが「A1」見通し安定的。フィッチが「A」見通し安定的。3社ともに「ネガティブ」な見通しは出していない。直近のフィッチのレビューは2026年1月19日で、「A」据え置き・見通し安定的が確認された。同社アジア太平洋ソブリン格付け部門のジェレミー・ズック氏は、選挙前後の拡張的な財政政策はすでに現在の財政予測に織り込まれているとコメントし、「財政拡大が我々の予測を大幅に上回るリスクはあるが、現時点では政府が赤字を管理可能な範囲に留めると想定している」と述べた。 ただし、この「安定的」は「安全」と同義ではない。歴史を振り返れば、日本はかつてAAAの最高格付けを持っていた。S&Pが最初の格下げに動いたのが2001年。そこから段階的に引き下げが繰り返され、2015年までにS&PはA+、ムーディーズはA1、フィッチはAという現在の水準に落ち着いた。もう5〜6ノッチ分の格下げ余地しか残っておらず、「投資適格」の下限(BBB-/Baa3)は以前ほど遠くない。 では、なぜ過去20年以上にわたる格下げの中で、日本国債市場は崩壊しなかったのか。 第2章 3つのバッファー──日本国債を支えてきた構造 格付け会社がソブリン格付けを決めるとき、見ているのは政府の借金だけではない。経済全体の「稼ぐ力」、対外資産・負債の構造、通貨の国際的地位、制度の安定性──こうした複合的な要素がスコ...

フルタイムは1日8時間と誰が決めたの

「1日8時間労働」は、人間の体にとって自然な正解でもなく、 誰かが科学的に決めたものでもありません。19〜20世紀の政治的・社会的な 妥協の結果として、たまたま世界の標準っぽくなった数字に過ぎず、 人類史全体で見るとごく最近生まれた例外的な働き方です。 1. 人類史スケールで見ると「8時間」はごく最近 ざっくりとしたイメージは次の通りです。 狩猟採集社会: 人類学者マーシャル・サーリンズらの研究によれば、週15〜30時間(1日3〜6時間程度)の 食料採取活動とされる。ただし「労働」の定義(道具作りや移動を含むか)によって 推定値は変わり、より長時間とする近年の研究もある。 農耕社会〜前近代: 中世ヨーロッパの農民を例にとれば、農繁期は日の出から日の入りまで 長時間働く日もある一方、年間150日前後の祝祭日や農閑期があり、 年間の総労働時間は季節や地域によるばらつきがかなり大きい。 産業革命直後: 19世紀初頭の英国では、工場労働で週60〜70時間、1日12〜16時間労働が珍しくなく、 子供を含めて過酷な長時間労働が常態化した。 その後100〜150年かけて各国で労働時間規制が整備され、 現在のOECD諸国では年間労働時間が1300〜2000時間程度の水準にまで短縮されてきた (例:ドイツ約1,340時間、韓国約1,900時間)。 つまり「8時間×5日=40時間/週」という感覚そのものが、 ここ150年くらいの産業化と労働運動の産物であり、それ以前の長い人類史とは かなり違う働き方だと言えます。 2. 「8時間」という数字を言い出した人たち 19世紀初頭、英国スコットランドの実業家ロバート・オーウェンが、 ...

消費されるサッチャリズム、サナエノミクスとの相違

高市早苗氏はマーガレット・サッチャーを敬愛している。2021年の自民党総裁選の討論会では「サッチャー首相のように、必要な改革を恐れず実行したい」と述べた。2024年の総裁選でも、強い意思を持つ指導者像としてサッチャーの名が繰り返し引かれた。では問おう。サナエノミクスの政策パッケージを開いたとき、そこにサッチャリズムの影は見えるだろうか。 答えは、率直に言って、ほぼ見えない。財政規律を最優先したサッチャーと、「責任ある積極財政」を掲げて歳出を拡大するサナエノミクスは、主要な政策軸でことごとく逆方向を向いている。尊敬する指導者の名を挙げながら、その指導者の政策とは正反対の方向に進む。これは矛盾だろうか。それとも、政治の世界ではごく自然に起こることなのだろうか。あるいは、「矛盾」という枠組み自体が事態を見誤らせているのだろうか。 本稿はこの素朴な疑問を出発点に、サッチャリズムとサナエノミクスが何を目指し、何に制約され、どんな手段を選んだのかを比較する。そのうえで、「サッチャー」という名前が政策を離れて一人歩きする現象——象徴の消費——について考える。特定の政治的立場を支持も否定もしない。興味があるのは、なぜこの「ずれ」が生じ、なぜそれが問題にならないのか、という構造のほうだ。 サッチャーは何と戦ったか 1979年、サッチャーが首相に就いた英国は、端的に言って病んでいた。インフレ率は1975年に24.2%という戦後最高を記録し、サッチャー就任直後の1980年にも18%まで再燃した。失業率は上昇を続け、国有企業の赤字は膨張し、労働組合のストライキは年間1,000万日以上の労働日を奪っていた。「英国病」という言葉が国際的に定着し、経済的衰退は国の自画像そのものだった。 サッチャーが掲げた処方箋は明快だった。まずインフレを叩く。そのために金融を引き締める。政策金利は就任半年で12%から17%に引き上げられた。財政面では、歳出を絞りながら税の構造を組み替えた。所得税の最高税率を83%から60%へ(のちに40%まで)引き下げる一方、付加価値税(VAT)を8%から15%へほぼ倍増させた。「直接税から間接税へ」という転換である。稼ぐ意欲を削がないために所得への課税を減らし、消費への課税で財源を補う。その思想の背骨にあったのはハイエクやフリードマンの系譜...

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