自身の支持層を課税したトランプ関税の一年
「外国に払わせる」。トランプ政権が関税政策を本格化させたとき、繰り返されたフレーズだ。2025年を通じて関税は段階的に拡大され、実効関税率は一時16〜17%と1936年以来の水準に達した。あれから1年が経ち、データが出揃った。
結論を先に書く。負担のほとんどを引き受けたのは、アメリカの消費者と企業だった。しかもその負担は、所得が低い世帯ほど重い。つまり、トランプを支持した有権者層にいちばん効いている。
誰の財布から出たのか
キール世界経済研究所が2026年1月に出した分析では、関税負担の約96%を米国側(消費者と輸入企業)が吸収していた。外国の輸出業者が引き受けたのは約4%。ニューヨーク連銀も、2018〜19年の第一次関税戦争で「ほぼ全額が国内に帰着した」という結果を出している。
ハーバード大学のカヴァッロらは、大手小売店の約35万品目の日次価格データで転嫁の実態を追った。2025年9月時点のCPI前年比(季節調整前)は約3%で、関税による押し上げは約0.76ポイント。関税がなければ2.2%あたり、FRBの目標に近い水準だった。3%のうち4分の1以上が関税から来ていたことになる。
影響は関税品目だけにとどまらない。輸入品が上がれば、競合する国内品も上げられる。カヴァッロらのデータでは、輸入品の価格上昇が約6.2%、国内品も約3.6%。関税は棚全体の値札を動かす。
所得が低いほど重い
この値上がりが全員に同じように効くなら、まだ話は単純だ。だが、そうはなっていない。
イェール大学バジェットラボ(TBL)の推計によれば、関税負担を税引き後所得に対する比率で見ると、所得下位10%の世帯で1.1〜1.9%、上位10%で0.4〜0.6%。約3倍の差がある。低所得世帯ほど所得に占める消費の割合が高く、しかもその消費が食料品・衣料品・家電のような貿易財に偏る。高所得世帯は所得の多くを貯蓄や投資に回せるが、低所得世帯にはその余裕がない。収入のほぼ全額が生活費に消えるから、物価の上昇がそのまま生活水準の低下になる。関税は所得に比例しない。買い物に比例する。だから低い方に重くなる。
金額だけ見ると逆で、上位10%の年間負担(約1,800〜3,000ドル)は下位10%(約400〜700ドル)より大きい。ただ、月収20万円の家庭の月3,000円と、月収200万円の家庭の月3,000円は同じ重さではない。
トランプ政権の支持基盤は労働者層や中間層が中心だ。自分の支持層に逆進的に効く政策を、なぜやるのか。
見えない税
おそらく「気づいていなかった」のではない。分配の痛みを承知のうえで、別の便益を取りに行っている、と考えた方がつじつまが合う。
関税には、税として決定的な特徴がある。払っている実感がない。
消費税はレシートに出る。所得税は給与明細に出る。関税はどちらにも出ない。輸入業者が国境で払い、卸値に乗り、小売価格にじわじわ転嫁されていく。消費者からすると「なんか最近高いな」で終わる。洗剤が50セント上がっても、それが中国への関税のせいだとはまず思わない。財政学でいうfiscal illusion(財政錯覚)だ。
これが消費税の増税だったら話は違う。10%が15%になれば、誰もがレシートを見て「上がった」と気づく。政治家は説明を求められ、選挙で問われる。ところが関税はそういう回路をすり抜ける。「増税した」と言えば責任の所在は明らかだが、「物価が上がった」になると原因がぼやける。インフレの原因はいくつもあり得るから、関税だけに怒りが集中しにくい。逆進的なのに支持が崩れにくいのは、負担が見えないからだ。
負担は見えず、恩恵の受益者だけが見える
見えない負担の裏側に、見える恩恵がある。
製造業の雇用は2025年に10.8万人減った(BLS、MANEMP系列。2024年12月の1,269.3万人→2025年12月の1,258.5万人)。ISM製造業景況指数は12月に47.9で、50を下回る縮小が10か月続いた。全体で見れば、関税で製造業が復活したとは言えない。
ただ、一次金属のような保護産業では雇用が増えた。全国平均が純損でも、特定の州や地域で「守られた」という実感があれば、それは票になる。政治は全国の平均値で動くわけではない。ペンシルベニアやオハイオの鉄鋼地帯で工場が残った、という話は、ニュースになる。その裏で全国の機械メーカーや小売業者が払ったコストは、ニュースになりにくい。利益は集中し、コストは分散する。政治学の教科書に出てくる話だが、関税はこの構図の見本のような政策だ。
そこに物語が乗る。「外国に払わせている」「不公正な貿易を正している」「闘っている」。このシグナルは、価格転嫁メカニズムの説明より、はるかに有権者に届く。支持層にとっての争点が実質所得だけでなく、対外強硬や文化的なアイデンティティにも及んでいる場合、経済的な逆進性だけで連合は崩れない。
歳入の行き先
TBLの集計によれば、2025年の関税収入は平年(2022〜2024年平均)を約1,948億ドル上回った。大きな数字だが、中身は民間から政府への所得移転だ。TBLの推計では、関税は長期的にGDPを0.1〜0.3%押し下げる。パイを縮めながら政府の取り分を増やしている。
その歳入はどこに向かったか。政権の経済アジェンダは関税と減税のセットで組まれていた。法人税減税、所得税減税。恩恵が集まりやすいのは企業オーナーや高所得層だ。構図を単純化すれば、棚の前で広く薄く集めて、減税を通じて上の方に戻す、という流れになる。関税が「国内消費者への課税→高所得層向け減税の財源」という経路で機能している可能性がある、と言い換えてもいい。
意図してそう設計したかどうかはわからない。ただ、お金の動きとしてはそうなっている。
1年で何がわかって、何がわからないか
堅く言えること。製造業雇用は前年差で純減した(現行公表値ベース)。景況指数は縮小域が続いた(ただし2026年1月のISMは52.6と12か月ぶりに拡大。ISM自身が「年初の再発注と関税前の駆け込み」の可能性を留保している)。関税の価格転嫁は複数の研究で確認された。家計負担は逆進的だった。負担の96%は米国側が吸収した。
まだ言い切れないこと。「関税のせいで製造業が衰退した」と断定するには、金利・為替・世界需要・在庫サイクルなど同時に動いた変数が多すぎる。因果を切り分けるには関税がなかった場合の反実仮想が要る。たとえばAIブームによる投資のシフトや、FRBの金利政策も同じ時期に製造業に効いていた可能性がある。関税だけを犯人にするのは、現時点では証拠不十分だ。ただ、中間財コストの上昇と不確実性が製造業の逆風になるというメカニズムは理論と整合しており、ISMの調査でも「tariff uncertainty」は繰り返し出てきた言葉だった。
パラドックスもある。鉄鋼に関税をかければ鉄鋼メーカーは守られるが、鉄鋼を使って車や機械を作るメーカーにとっては材料費の高騰になる。ISMの12月報告では、機械・輸送機器など下流産業の雇用縮小が目立った。保護の恩恵とコストが、サプライチェーンの上と下で綱引きをしている。「1年では短すぎる、サプライチェーンの再編には時間がかかる」という反論はあり得るし、それ自体は正しい。工場を建て、人を育て、取引先を切り替えるには何年もかかる。ただ、少なくともこの1年ではコストが先に来て、便益はまだ見えていない。
最高裁のあと
2月20日、連邦最高裁がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税を違法とした(Learning Resources, Inc. v. Trump、6対3)。ロバーツ首席判事の多数意見は、IEEPAには「関税」も「税」も書かれていない、「規制する」に課税権まで含めるのは無理だ、という内容だった。約半世紀のIEEPAの歴史で、関税に使った大統領はいなかった。保守派のゴーサッチ、バレット両判事がロバーツ側についており、判決は党派を超えた構成になっている。
判決後、政権は1974年通商法122条に基づく一律関税を数日内に発動した。まず10%で開始し、15%への引上げを表明している。実効関税率はIEEPA時代の約16〜17%から判決直後に9.1%へ落ち、122条で13.7%まで戻した。TBLによれば、判決直後の9.1%でも(2025年を除けば)1946年以来の高水準で、122条で13.7%に戻すと(同条件で)1941年以来の水準になる。ただし122条には150日の期限がある。
厄介なのが還付だ。Penn Wharton Budget Modelは、IEEPAで徴収された関税の総額を最大約1,750億ドルと推計している(CBPが12月14日時点で公表した確認済み額は約1,335億ドル)。最高裁は返金方法には触れず、国際通商裁判所に差し戻した。すでに1,500社以上が還付を求めて訴訟中で、トランプ大統領自身も訴訟が数年続くとの見通しを示している。
法的根拠が揺れ、税率が上下し、還付の行方が読めない。この状態で工場を建てるかどうかの判断はしにくい。再工業化のために始めた関税が、関税をめぐる混乱によって再工業化を遠ざけている面がある。企業が欲しいのは保護よりも予見可能性だ、という声は、ISMのパネリストからも出ていた。
つまりは
1年前、関税は「外国への罰」として始まった。1年後のデータは、だいぶ違う絵を描いている。
負担のほとんどは国内の消費者と企業が引き受けた。その負担は逆進的で、支持層の労働者・中間層に相対的に重かった。一部の産業は守られたが、全体の雇用は減り、中間財コストの高騰が下流産業を圧迫した。歳入は生まれたが、GDPを縮めながらの所得移転だった。そして最高裁が法的根拠をひとつ潰し、制度の先行きがさらに不透明になっている。
これを「想定内のコスト」と見るか「設計ミス」と見るかは、何に価値を置くかで変わる。対外強硬のシグナル、交渉のてこ、国内回帰の象徴——それらに重きを置くなら、逆進的な負担も許容範囲ということになるだろう。ただその場合でも、「コストは支持層が払っている」という事実自体は変わらない。許容するかどうかと、存在するかどうかは別の話だ。
ただ、「外国に払わせた」という最初のフレーズについては、もう答えが出ている。払っていたのは、商品棚の前に立つアメリカの消費者だった。
主な参照データ
Yale Budget Lab, "State of U.S. Tariffs" 各版 (2025–26); Cavallo, Llamas & Vazquez, "Tracking the Short-Run Price Impact of U.S. Tariffs," NBER WP 34496; BLS Current Employment Statistics (MANEMP); ISM Manufacturing PMI (Dec 2025, Jan 2026); Penn Wharton Budget Model, "Supreme Court Tariff Ruling: IEEPA Revenue and Potential Refunds" (Feb 2026); Kiel Institute for the World Economy (Jan 2026); Learning Resources, Inc. v. Trump, 607 U.S. ___ (2026)
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