若者が余ってるのに、人口減少が問題になる?――中国と日本、それぞれの問題

中国について、二つの話がほぼ同時に聞こえてくる。「若者の失業率が高い」という話と、「少子高齢化で人口が減っている」という話だ。

ちょっと待ってほしい。若者が余っているのに、人口減少が問題になる? 人が足りなくなるなら、いずれ失業は解消されるのではないか。この二つの話は矛盾しているように聞こえる。

矛盾していない。むしろ同時に成立している。そしてこの「同時成立」が、いまの中国経済の厄介なところだ。

ついでに言えば、海の向こうの日本は正反対の風景を見せている。人手が足りない。仕事はある。ならば日本のほうが「マシ」なのか。その判断も、そう単純ではない。

数字で見る、逆の風景

まず事実関係を押さえておこう。中国の16〜24歳の失業率(学生除外ベース)は、2025年8月に18.9%まで上がった。史上最多の1,222万人が大学を卒業し、労働市場に流れ込んだ直後の数字だ。前年より43万人多い。その後やや改善し、12月には16.5%に下がったが、依然として高い水準にある。25〜29歳の失業率も7%前後で推移しており、卒業後数年経っても状況が大きく改善しないことを示唆している。

日本はどうか。失業率は2.5〜2.6%前後で安定し、有効求人倍率は1.19倍(2025年12月)。求職者100人に対して求人が119ある計算だ。仕事を「見つけられない」中国の若者と、働き手を「見つけられない」日本の企業。風景がまるで逆に見える。

その一方で、中国の人口は2022年から減少に転じている。2025年の出生数は792万人。前年から17%の急減で、1949年の建国以降で最低の出生率を記録した。合計特殊出生率は推計で1.0前後。日本(1.22)より低い。2025年だけで人口は339万人減った。

若者が就職できない国で、同時に人口が減っている。この不思議な組み合わせは、なぜ起きるのか。

若者はなぜ「余る」のか

中国経済全体の失業率は5.1%で、表面上はそこまで悪くない。問題は、若者に失業が偏っていることだ。

理由の一つは、雇用を生み出してきた民間セクターの弱さだ。不動産市場の調整が長引いている。不動産投資は2024年に前年比10.6%減、新規着工は23%減。いずれも統計開始以来の最大級の落ち込みだった。地方政府の土地売却収入も2021年のピーク時から大きく減少しており、Rhodium Groupの分析によれば2024年には4.9兆元と、ピーク時の8.7兆元からほぼ半減した。不動産が地方財政の柱だった中国では、この縮小は住宅市場だけの話にとどまらない。公共サービスやインフラ投資にも波及し、地域の雇用機会を直接削る。

もう一つは、大卒者の急増と、彼らが期待する職の伸び悩みだ。大学卒業者数は2022年に初めて1,000万人を超え、2025年には1,222万人に達した。わずか3年で200万人以上増えている。だが、都市部のホワイトカラーの職——オフィスワーク、金融、IT——はそこまで増えていない。景気が鈍ると企業は即戦力を求め、未経験者の採用枠を真っ先に絞る。新卒採用は調整弁になりやすい。

そしてマクロ環境そのものが弱い。GDPデフレーター(経済全体の物価指標)は2023年以降マイナスが続いており、中国は事実上のデフレ圏にある。Rhodium Groupの分析によれば、中国は2025年度の予算編成で初めてマイナスのGDPデフレーターを織り込んだ。消費者物価は辛うじてプラス圏だが、生産者物価はマイナスが定着しつつある。太陽光パネルの原料であるポリシリコンは2022年のピークから価格が5分の1以下に落ち、建設用鉄筋は8年来の安値を記録した。企業に価格転嫁の余力がなく、利益が圧縮されれば、人を雇う体力も削がれる。

この話は循環する。若者が職を見つけられなければ消費は弱くなり、消費が弱ければ企業の売上が伸びず、売上が伸びなければ採用はさらに絞られる。どこかで断ち切らない限り、縮小の連鎖は自己強化していく。

では人口減少は「助け」にならないのか

ここで最初の疑問に戻ろう。人口が減れば、いずれ労働力の供給が減って、失業は解消されるのではないか。シンプルに考えれば、そう思える。

短期的には、この推論には一理ある。いまの中国は需要が弱く、IMFも需給ギャップ(実際のGDPと潜在GDPの差)がマイナスと推計している。インフレ圧力はほとんどない。人手不足が問題になる局面ではない。

だが、人口減少が「問題にならない」かというと、話は別だ。たしかに、労働力の供給そのものが減れば、失業率の数字は機械的に下がりうる。だが実際には、人口減少は失業率の見かけよりも、むしろ経済の別の場所に効く。

経済学の用語で整理すると、こうなる。需給ギャップはy − y*(実際のGDPと潜在GDPの差)だ。人口減少が下げるのは主にy*(潜在GDP、つまり経済がフル稼働したときの生産力)のほうだ。だが、いまの中国では不動産調整と消費の弱さのせいで、y(実際のGDP)がそのy*すら下回っている。需要が供給力よりもさらに弱い。

つまり、天井がゆっくり下がってきているのに、足元の床もまた沈んでいる。天井が下がっていることに気づきにくいのは、床のほうがもっと速く沈んでいるからだ。

具体的に見てみよう。中国の生産年齢人口(16〜59歳)は2012年から縮小が始まっており、2024年には8億5,800万人と前年から約700万人減った。60歳以上は3億1,000万人に達し、総人口の22%を占める。わずか5年前は18.1%だった。婚姻数も2024年に610万組へと過去最少を更新している。中国では婚外子は少数派なので、結婚の減少は出生数の減少にほぼ直結する。

これらは何を意味するか。潜在成長率が下がる。世帯形成が鈍り住宅需要が弱まる。社会保障の負担が重くなり、景気刺激に使える財政余地が狭まる。「いまの若者失業」と「将来の成長の天井低下」は、矛盾ではなく同時進行している。短期の痛み(需要不足による失業)と長期の制約(人口減少による供給力の低下)が、別々のチャネルで同時に効いている。どちらか一方だけを見ると、もう一方を見落とす。

統計の「見え方」も変わった

数字を読むうえで見落としやすい点が二つある。

一つは、統計の定義変更だ。中国の若者失業率は2023年6月に21.3%という記録的な水準に達した直後、当局が公表を一時停止した。再開時には学生を除外する新しい方法論に切り替えている。つまり、それ以前の数字と単純比較はできない。方法論を変えた後でも16〜17%台という数字が出てくること自体が、問題の根深さを示している。

もう一つは、「求職をやめた」人は失業率に反映されにくいということだ。条件が合わず就職を先延ばしにしている層、公務員試験の浪人組、親元で待機している若者。彼らは公式統計の外にいる。日本でもかつて「就職氷河期世代」が同じような見えにくさを経験した。統計上の失業率が示す以上に、労働市場の痛みは広がっている可能性がある。

いまの中国は「いつの日本」に似ているか

不動産の調整が長期化し、民間部門が慎重になり、物価が弱い。この組み合わせを見て、日本の経験を思い出す人もいるだろう。

日本で言えば1992年から1997年あたりの局面に重なる。バブルは崩壊したが、まだ「失われた10年」が始まったばかりで、どこまで長引くか誰にもわからなかった時期だ。あの頃の日本でも、不良債権の規模がどれほどか正確にはわかっていなかった。問題を先送りにしている間に、傷は広がった。

ただし、日本のように「デフレ心理が賃金設定や価格決定に埋め込まれる」段階にまで中国が達しているかというと、現時点では断定しにくい。日本のデフレは1990年代後半に始まり、約15年続いた。中国のGDPデフレーターがマイナスになったのは2023年からで、まだ3年目に入ったところだ。ただ、Rhodium Groupは過去の住宅市場調整の回復パターンに照らし、中国の需要不足が2027年頃まで続く可能性を指摘している。「短期のスランプ」で済むのか、「構造的な停滞」に移行するのか。見極めはまだついていない。

人口動態で見ると、中国のペースは日本より速い。日本の出生率低下は1990年代半ばから徐々に進んだが、中国の出生数は2016年からのわずか8年間で半減した。PIIEの研究者はこの急激さを「平時ではほとんど前例がない」と指摘している。国連の人口推計では、中国は2024年から2054年のあいだに2億人以上の人口減少を経験する可能性がある。「日本化」のリスクがあるとすれば、人口面ではすでに日本の当時より速いペースで重石がかかっている。

では日本の「人手不足」のほうがマシなのか

ここまで読んで、「やはり日本のほうが状況はいいのでは」と思うかもしれない。失業率は低い。仕事はある。

たしかに、就職のしやすさという軸で測れば、いまの日本の労働市場は中国より恵まれた状態にある。求人は求職を上回り、賃金も上がり始めた。

だが、日本の人手不足にもコストはある。生産年齢人口は1995年の8,730万人から2024年には7,370万人まで16%減少した。老年従属人口比率は21%から49%へと倍以上に跳ね上がった。2060年までにはさらに31%減る見通しだ。日銀短観の雇用人員判断DI(全規模全産業)は2025年12月にマイナス38と、深刻な人手不足が定着している。名目賃金は上がり始めたが(2025年春闘で5.26%の引き上げ)、物価上昇がそれを相殺し、実質賃金は2021年から2025年初頭にかけて累積で2%のマイナスだった。賃金が上がっても、暮らしが楽になった実感が乏しい。

日本は女性や高齢者の労働参加率を引き上げることで、人口減少をある程度は補ってきた。15〜64歳の女性の労働参加率は2025年6月に78%に達し、北欧並みの水準になった。65歳以上の就業率もOECD加盟国で韓国に次いで2位だ。だが、この「追加の労働力」にもそろそろ限界が見えつつある。女性労働者のうち正規雇用は約50%にとどまり(男性は約80%)、高齢者の就業率をこれ以上引き上げる余地も限られる。外国人労働者は増えているが、総人口の3%程度だ。

つまり、日本は「人が足りないから失業率は低いが、成長率も上がりにくい」。中国は「人は余っているが需要が弱く、若者に皺寄せが出る」。どちらがマシかは、測る尺度で答えが変わってしまう。

二つの「詰み」

中国で起きていることを、もう少し具体的に見てみよう。

希望する職に就けないまま、フードデリバリーなどのギグワークに流れる大卒者が増えている。大手デリバリープラットフォームのドライバーには大卒者が少なくない比率で含まれており、修士号を持つドライバーもいるという報道がある。Asia Societyの分析は、約2億人がギグワークに従事し、デリバリーだけで1,000万人を超えると推計している。「内巻」(インボリューション=過剰な内向き競争で消耗する感覚)という言葉がSNSで広がったのは、この数年のことだ。

Bloombergの上場企業分析では、利益で利払いを賄えない企業(いわゆる「ゾンビ企業」、EBIT対利払い比率が1未満の定義)の比率が、過去5年で上昇したと報じられている。設備投資やR&D支出を削った企業も増え、多くの中国企業が「守り」の姿勢に入っている。

日本のほうはどうか。企業は人手不足に苦しみ、採用難から生産やサービスの拡大に天井を感じている。宿泊、飲食、小売といった労働集約的な業種で省力化投資が進み始めているが、AIの本格的な活用はまだ初期段階にある。成長の余地はあるのに、それを実現する人がいない——という種類の制約だ。

中国の問題は、需要不足と構造ミスマッチが重なって若者の職が足りないことだ。日本の問題は、人口減少による供給制約が成長の天井になっていることだ。前者は「仕事がない」という目に見える痛みを伴い、後者は「成長できない」というじわじわとした制約として効く。

これから

中国が「日本の失われた20年」を繰り返すかどうかは、まだ確定していない。政府は2025年の財政赤字目標をGDP比4%に引き上げ、3兆元規模の特別国債発行も予定している。だが、世界銀行のデータによれば中国の家計消費がGDPに占める割合は約40%で、多くのOECD諸国の60〜70%に遠く及ばない。供給側(製造・輸出)を強化しても、国内に十分な買い手がいなければ物価は上がらない。

人口対策も打っている。2025年からは子ども一人あたり年3,600元(約500ドル)の育児補助金を導入し(3歳未満が対象)、保育施設や婚活サービスの税制優遇も拡大した。2026年1月からは避妊具のVAT免税が見直され、課税対象になった。だが、カリフォルニア大学の人口学者・王豊は「金銭的インセンティブが出生率を上げた実証的根拠はほとんどない」と述べている。制度で解ける問題と、そうでない問題がある。

日本の経験が示唆しているのは、バランスシート調整は政策当局が想定するよりもずっと長くかかりうるということだ。そして、いったんデフレ心理が定着すると、抜け出すのに10年以上を要する場合がある。不動産の損失処理をどう進めるか、家計の所得と消費をどうテコ入れするか。分岐点はこれからの3年から7年のあいだにあるだろう、というのが多くのアナリストの見方だ。

2025年の中国は、若者が職を見つけられず、物価は上がらず、不動産は調整の途中にある。同じ2025年の日本は、人手が足りず、物価はようやく上がり始め、実質賃金の回復を待っている。

「人が余っている」ことは「余裕がある」ことを意味しない。そして「人が足りない」ことも、それだけでは強さの証拠にはならない。経済の健全さは、人の数ではなく、人と仕事がどれだけ噛み合っているかで決まる。その噛み合わせが壊れたとき、余っていても足りなくても、痛みは生じる。中国と日本は、そのことを別々の角度から見せている。

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