「5秒で決めても、30分考えてから決めても、86%の結果はおなじ。」は、どこから来たのか
日本語のSNSで流れてきた。「5秒で決めても、30分考えてから決めても、86%の結果はおなじ。(ファーストチェス理論)」。何度もシェアされ、ビジネス書で繰り返し引用され、自己啓発コラムの定番ネタになっている。
でも、これは本当に「理論」なのか。誰が、いつ、どんな実験で「86%」を出したのか。チェスに詳しいわけでもない自分が気になって調べて考えてみた。
出典が、ない
英語で "First Chess Theory" "Fast Chess Theory" と検索しても、学術論文にもチェス研究のデータベースにも該当する理論は見つからない。"5 seconds, 30 minutes, 86%" で探しても同じだ。
日本語圏ではどうか。「ファーストチェス理論」を引用している記事は大量にある。しかし、論文名、著者名、実験条件、サンプルサイズを提示しているものが見当たらない。ゲーム作家の米光一成氏はQJWebで「出典が示されず、都市伝説のように伝播している」と指摘した。元海上自衛隊の数学教官・佐々木淳氏も「サンプルサイズがわからない時点で怪しさ満載」とばっさり切っている。
もちろん、古い雑誌記事や講演録など、まだ掘り起こされていない原典が存在する可能性はゼロではない。ただ、少なくとも現時点で、この「86%」の一次資料を特定できた人はいないようだ。
もっともらしさの構造
では、なぜ広まったのか。
背景の一部には本物の研究があるのかもしれない。心理学者デ・フロートは1940年代からチェスプレイヤーの思考を研究し、強いプレイヤーが盤面を見た瞬間に有望な候補手を絞り込めることを示した。ノーベル経済学賞受賞者のサイモンはこの研究を発展させ、熟達者が膨大な盤面パターンを記憶しており――よく「数万単位」と紹介されるが、この数字自体も推定の幅がある――素早く局面を把握できることを明らかにした。
こうした知見は確かに存在する。しかし「熟達者は最初の数秒で良い候補手に到達しやすい」と「5秒でも30分でも結果は同じ」のあいだには、大きな飛躍がある。
おそらくその飛躍を埋めたのが「86%」という数字だ。「だいたい同じ」と言われるより「86%同じ」と言われたほうが、どこかの研究室で精密に測定されたような印象を受ける。しかしその出典を、いまのところ誰も示せていない。
チェスの研究が実際に言っていること
チェスの認知科学には、時間制約と指し手の質に関する研究が複数ある。細部は研究ごとに異なるが、おおまかに共有されている知見はこうだ。持ち時間が短くなると指し手の質は落ちる傾向がある。ただし、その落ち方はスキルレベルで異なり、熟達者のほうが相対的に影響を受けにくい。
膨大なパターンの蓄積がある人は、短い時間でも「まあまあ良い手」を出せる。それは事実らしい。しかし「影響を受けにくい」と「同じ」はイコールではない。しかも、経験の浅いプレイヤーでは時間制約の悪影響がはっきり大きくなると報告されている。「誰でも5秒で大丈夫」とは、到底言えない。
「考える」ことの値段
話をチェス盤の外に広げてみる。最近のAI開発は「考える時間と計算量をかけると結果がどう変わるか」を、大規模に測定できる環境になっている。
OpenAIが2024年に発表したo1モデルの結果が象徴的だ。アメリカの難関数学コンテストAIME 2024で、従来型のGPT-4o――いわば直感モード――の正答率は12%だった。推論時に思考の連鎖を展開するo1は、1回の試行で74%。さらに64回の試行から多数決をとると83%、1000回の試行を学習スコアで選別すると93%まで跳ね上がった。
12%と93%。ここで効いているのは単に「時間をかけた」ことだけではない。試行を重ね、自己検証し、複数の候補から選別するという、計算量と手法の積み重ねだ。DeepSeekのR1モデルでも同様の傾向が確認されており、ベースラインの15.6%が推論プロセスと自己整合を経て86.7%に達している。
問題が難しくなるほど、追加の探索と検証は結果を劇的に変える。これはいまやベンチマークの数字で繰り返し示されている事実だ。
では、まったく無価値なのか
もう少し考えてみたい。日常の意思決定の多くは、実はそれほど複雑ではない。昼食のメニュー、メールの返信文、ミーティングの日程。こうした場面で30分悩んでも、5秒の判断と大差ないだろう。やり直しコストが小さい状況は現実に多い。
問題は、そうでない場面が確実にあることだ。投資判断、契約交渉、医療方針の決定。こうした場面では追加の検証が結果を大きく左右する。金融の言い方をすれば、分岐点はファットテールの性質を持っている。頻度は低いが、起きたときのインパクトが桁違いに大きい。
だから考えるべきは「86%は同じだから速く決めろ」ではなく、「いま自分が向き合っている判断は、速く決めていい種類のものか、それとも立ち止まるべき14%に属するものか」という問いのほうだろう。といっても、この「86%」という数字自体に意味はないのだが。
数字の魔力
この話が広まった構造そのものが興味深い。「86%」という出典不明の数字が、何年にもわたって無検証のまま流通し続けている。数字には妙な説得力がある。
でもその出どころを誰も示せないという事実は、逆説的にひとつのことを教えてくれる。人は、自分が信じたいことを裏づけてくれる「それっぽいデータ」に対して、無防備だということだ。
チェスの名人は、膨大な盤面パターンを記憶しているからこそ短時間で良い手に到達できる。その蓄積を無視して「直感で決めろ」と一般化するのは、レシピを読まずに完成写真だけ見て「簡単そう」と言うのに似ている。
考えるべきときに考えること。考えなくていいことに時間をかけないこと。その見極め自体に経験と注意が要る。それだけの話なのだが、それだけの話を受け入れるのは、「86%同じ!」と5秒で言い切るよりずっと難しい。この文章を書くのに使った30分の検証が無駄だったかどうかは、読んだ人が決めてくれればいい。
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