二つの議会選挙――2026年5月、英国はまとまれるか

2026年5月7日、イギリスでは二つの議会選挙が同日に行われる。スコットランド議会(ホリールード)とウェールズ議会(セネッド)。いずれも地方選挙ではなく、権限委譲された国家議会の総選挙だ。どちらも、結果次第では歴史的な転換点になり得る。なぜか。北アイルランドでは2024年総選挙でシン・フェイン党がすでに最大議席を獲得している。スコットランドとウェールズの最新の投票意向調査では、それぞれSNPとプライド・カムリが首位に立っている。つまり、選挙結果と世論調査を合わせて眺めると、イングランドを除くすべての構成国で、分離独立やアイルランド統一を掲げる政党が最大勢力になるという構図が浮かび上がる。

とはいえ、「イギリスが明日にも4つに割れる」という話ではない。そこまで単純ではないし、そこまで差し迫ってもいない。ただ、数字を追っていくと、連合王国というシステムに対する信任が揺らいでいることが見えてくる。しかも厄介なことに、よく解決策として語られる「EU単一市場への復帰」が、この遠心力を収めるどころか、場合によっては加速させるメカニズムを内包している。本稿では、最新の世論調査データと貿易統計を手がかりに、何が起きているのか、そしてなぜ解法が存在しないのかを整理してみたい。

スコットランド――政党支持と独立支持のズレ

スコットランド議会の定数は129。過半数は65議席だ。なぜこの数字が重要かというと、SNPは「過半数を取れば、第2回独立住民投票のマンデート(民意による委任)を主張する」と明言しているからだ。

では、今はどうなっているのか。2021年の前回選挙でSNPは64議席を取った。あと1議席足りない。そこで緑の党(8議席)と「ビュートハウス合意」と呼ばれる連立協定を結び、合計72議席の独立支持多数派で政権を運営してきた。ところが2024年4月、気候変動目標の撤回をめぐって合意は決裂。ユーサフ首相(当時)は辞任に追い込まれ、後任のスウィニー首相は60議席の少数与党で政権を維持している。法案を通すたびに野党の協力が必要で、独立住民投票を推進する力はない。

5月の選挙で何が変わり得るか。electionpolling.co.ukの推計ではSNP単独で59議席前後、緑の党が10議席前後で、両党を合わせれば69議席程度になる。一方、Stonehaven(タイムズ紙)のMRP推計ではSNPが67議席規模という数字も出ている。予測モデルによって幅はあるが、独立支持勢力が再び議会の過半数を握り、独立への圧力を再起動させる可能性は十分にある。

とはいえ、ウェストミンスターでの数字は別の絵を見せている。2024年7月の英国総選挙で、SNPは歴史的な大敗を喫した。2019年の48議席から9議席への転落。代わりに労働党が37議席を取ってスコットランドの第一党に躍り出た。

では、スコットランドの独立志向は後退したのか。ここが面白い。2026年1月のYouGov調査で、「スコットランドは独立国であるべきか」への回答はYes 47%、No 53%。2014年の住民投票(Yes 45%、No 55%)からほとんど動いていない。10年以上経って、賛否はほぼ拮抗圏に張り付いたままだ。SNPの党勢が上がれば独立支持も上がり、下がれば下がる、という単純な連動ではない。政党への評価と、独立という構造的な問いへの態度は、別々に動いている。

このギャップが示しているのは、有権者が「ウェストミンスターの政権交代」と「スコットランドの自治」を別のレバーとして使い分けているということだ。ホリールード選挙の投票意向調査では、SNPが小選挙区で34〜35%を集め、労働党(15〜18%)を大きく引き離している。総選挙では労働党に投票した有権者が、ホリールード選挙ではSNPに戻る。政党支持と独立支持が分離(デカップリング)している、という構造だ。なお、独立の経済的課題として、スコットランド政府が2025年8月に公表したGERS(政府支出・歳入統計)では、スコットランドの想定財政赤字がGDP比11.6%に達している。一人あたりの公共支出が税収を約4,700ポンド上回っており、独立後の財政運営は容易ではない。

ウェールズ――独立ではなく、不満の受け皿

ウェールズ議会(セネッド)では、1999年の権限委譲以来27年間、一度も労働党以外の政党が政権を握ったことがない。旧制度では定数60で、小選挙区と比例代表の混合制を採用していた。今回の選挙から制度が大きく変わる。定数は96に拡大され、全議席が比例代表の政党リスト方式で選ばれる。過半数ラインは49議席。比例制の導入は、これまで小選挙区で労働党に有利に働いていた「票の集中効果」を弱める。つまり、27年間続いた労働党支配が制度的にも揺らぎ得る最初の選挙だ。

数字はその可能性を裏づけている。2026年1月のYouGov調査で、プライド・カムリ(Plaid Cymru)が37%の支持でトップ。労働党はわずか10%。27年間ウェールズを支配してきた労働党が、ここまで沈むのは前例がない。カーディフ大学ウェールズ・ガバナンス・センターの予測では、プライド・カムリが45議席を獲得する可能性がある。過半数の49まであと4議席。仮に単独過半数に届かなくても、緑の党やその他の政党との協力で、ウェールズ史上初の非労働党政権が誕生する公算が高い。

ただし、これを「ウェールズ独立の機運が高まっている」と読むのは早計だろう。YouGov/BarnCymruの最新調査(2026年1月)ではウェールズ独立への支持はYes 26%程度にとどまっており、過半には遠い。プライド・カムリの党首自身が「1期目での独立住民投票は行わない」と明言している。この躍進の背景にあるのは、独立への渇望というより、労働党政権下で悪化した公共サービスへの不満と、スターマー率いる中央政府への失望だ。実際、2024年総選挙で労働党に投票した有権者のうち、セネッド選挙でも労働党に投票すると答えたのはわずか24%。36%がプライド・カムリに流れている。

この現象は、一種の政党再編(realignment)として捉えることができるだろう。ウェールズ・アイデンティティを軸とする進歩派ブロック(プライド・カムリ、緑の党)と、ブリティッシュ・アイデンティティを軸とする右派ブロック(リフォームUK)への二極化。労働党と保守党という従来の二大政党が、その間で溶解しつつある。興味深いのは、リフォームUKの躍進を阻止するために、本来は別の政党を支持する有権者がプライド・カムリに戦術的に投票しているのではないか、という観測が出ていることだ。YouGovのデータでも、2024年総選挙でプライド・カムリに投票した有権者のうち、セネッド選挙でも同党を支持すると答えたのは68%にとどまり、票の流動性が高い。ウェールズの有権者にとって、「誰を支持するか」より「誰を落とすか」が投票行動を左右する局面が生まれつつある可能性がある。

北アイルランド――制度が用意した「出口」

北アイルランドの状況は、スコットランドやウェールズとは質が異なる。ここには、アイルランド統一を問う住民投票(国境投票)の実施を定めた法的枠組みがすでに存在している。1998年のベルファスト合意に基づき、北アイルランド担当相が「過半数が統一を支持する可能性が高い」と判断すれば、投票の実施が義務づけられる。

アイルランド民族主義を掲げるシン・フェイン党は、2024年総選挙で北アイルランド最大の議席数を獲得し、2030年までの国境投票実施を求めている。カトリック系人口がプロテスタント系を上回るという人口動態の変化も背景にある。ただし、宗教的背景と政治的立場は必ずしも一致しない。現時点の世論調査で統一支持が安定的に過半数を超えているわけではなく、中道のアライアンス党が台頭していることもあり、すぐに投票が実施される見込みは薄い。ナショナリスト政党の合計得票率も、英国総選挙やアセンブリー選挙を通じておおむね4割前後で推移してきたとされ、大きく伸びる兆候は見えていない。

しかし、制度的な「出口」が明確に存在していること自体が重要だ。スコットランドには住民投票を単独で実施する法的権限がない(2022年の最高裁判断)。ウェールズにはそもそも独立を問う制度的枠組みがない。北アイルランドだけが、条件さえ整えば合法的に連合王国を離脱できるルートを持っている。さらに、ブレグジット後のウィンザー枠組みによって北アイルランドだけがEU単一市場の規則に部分的にとどまっており、グレートブリテン島との間に「海の国境」が生じている。この非対称な扱いが、ユニオニスト(親英派)の不満を高める一方で、アイルランド島全体の経済的統合を静かに進行させてもいる。

EU単一市場に戻れば「落ち着く」のか?

ここで一つ、よく聞く問いを考えてみたい。「イギリスがEU単一市場に復帰すれば、この遠心力は収まるのではないか」。

スコットランド独立運動の強力な政治的ナラティブは、「2016年のEU離脱国民投票でスコットランドの62%がEU残留を支持したのに、連合王国の多数決で強制的に離脱させられた」という民主主義の赤字(democratic deficit)への怒りだ。だから、英国が単一市場に戻れば、この怒りは薄まるはずだ――というロジックは、一見もっともに聞こえる。

実際、その通りだろう。「強制離脱」というフレームが消えれば、独立を急ぐ政治的な切迫感は後退する。短期的には落ち着く方向に作用する可能性が高い。

しかし、ここにパラドックスがある。

スコットランドの総輸出の60%は、イングランドなど英国内の他地域(rUK)向けだ。金額にして554億ポンド(2023年、スコットランド政府統計)。EU向けは18%、その他の国際市場向けが22%。つまり、スコットランドにとって最大の「外国」はEUではなくイングランドだ。現状のまま独立してEUに加盟すれば、この最大の貿易相手との間にハードボーダーが引かれる。関税障壁、規制の不一致、通関手続き。独立を思いとどまらせている最大の経済的抑止力は、まさにここにある。

ところが、英国全体がEU単一市場に復帰すれば、スコットランドが独立してもイングランドとの貿易摩擦は大きく低下する。両者が同じルール圏にいる限り、規制の不一致や通関手続きといった主要な障壁の多くが解消されるからだ(ただし、税制やVATの差異、国境管理そのもののコストは残り得る)。つまり、独立の「動機」を弱める一方で、独立の「実行可能性」を相対的に高めてしまう。政治的な熱量は下がるが、経済的なハードルも下がる。ネットで見たとき、独立リスクが本当に下がるかどうかは、実はかなり不確定だ。

「EUに入りたい」は一枚岩ではない

もう少し分解してみよう。「EUに加盟したい」というスコットランドの声は、実は三つの異なる欲求を含んでいる。

一つ目は、摩擦の少ない貿易や投資環境を取り戻したいという経済的統合への欲求。二つ目は、EUの意思決定テーブルに席を持ちたいという政治的主権の欲求。三つ目は、「勝手に離脱させられた」という正統性への怒り。

英国が単一市場に復帰した場合、一つ目はかなり満たされる。三つ目もかなり薄まる。しかし、二つ目は満たされない。単一市場参加と正式なEU加盟は別物で、前者には欧州議会や閣僚理事会での議決権がない。ノルウェー型のEEA参加であれば、EUのルールを受け入れるが、ルールを作る側には立てない。

だから、「EU復帰のために独立したい」層のうち、経済的メリットや怒りの解消で満足する人たちは離脱圧力から降りるかもしれない。しかし、「自分たちの声を反映できる場が欲しい」という層は残る。そして後者の主張は、そもそもウェストミンスターとの関係にも向けられている。

法制度というボトルネック

もう一つ、忘れてはならない制約がある。仮にSNPが5月の選挙で勝っても、「すぐ独立住民投票」とはならない。2022年、英最高裁はスコットランド議会が単独で独立住民投票を実施する法的権限を持たないと判断した。住民投票には英国議会の承認が必要であり、現在の労働党政権はそれを認める姿勢を見せていない。

北アイルランドの国境投票にも高いハードルがある。世論調査で統一支持が継続的に過半数を超えるような客観的証拠がなければ、担当相が投票を発動する義務は生じない。制度が「出口」を用意していることと、その「出口」が実際に開くことは別の話だ。

そして現実の政策制約

そもそも、「英国がEU単一市場に復帰する」という前提自体が、現時点ではかなり重い仮定だ。EEA型の単一市場参加には「4つの自由」――人、モノ、サービス、資本の移動の自由――を受け入れる必要がある。とりわけ「人の移動の自由」は、Brexit国民投票の最大の争点だった。スターマー政権は公式に、単一市場、関税同盟、移動の自由への復帰を否定している。現実に起きそうなのは、食品衛生(SPS)協定などの部分的な摩擦低減であって、単一市場への全面復帰ではない。

まとめると

スコットランドでは、独立支持率が10年以上にわたって拮抗圏から動かない。SNPはホリールード選挙では依然として最大勢力だ。ウェールズでは、独立そのものよりも既存政党への不信任が政治地図を塗り替えつつある。北アイルランドでは、人口動態の変化とシン・フェイン党の台頭が、すでに存在する制度的「出口」にゆっくりと圧力をかけている。

EU単一市場への復帰は、ブレグジットが生んだ局所的な摩擦を取り除く効果はある。ウェールズの経済的不満を緩和し、北アイルランドの「海の国境」問題を解消する。しかし、スコットランドにおいては、独立の政治的動機を弱めると同時に経済的障壁も取り払ってしまうという、相反する効果を持つ。

連合王国が直面しているのは、一つの政策で解決できるような単純な問題ではない。構成国ごとに遠心力の性質が異なり、同じ処方箋が逆の効果を生む場合すらある。スコットランドの問題はアイデンティティと主権に根ざし、ウェールズの問題は経済的不満と政党システムの再編に駆動され、北アイルランドの問題は人口動態と歴史的な制度設計に規定されている。2026年5月の選挙結果がどうなるにせよ、このシステムの構造的な脆弱性は、まだしばらく英国の目の前にあり続けるだろう。

データ出典:YouGov(2026年1月)、YouGov/BarnCymru(2026年1月)、スコットランド政府 Export Statistics Scotland 2023、カーディフ大学ウェールズ・ガバナンス・センター、英国議会図書館、electionpolling.co.uk

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