中国を金融システムから追放する法案なのか――PROTECT Taiwan Actを読む
2026年2月9日(米国時間)、米下院がある法案を可決した。名前は「PROTECT Taiwan Act」(H.R. 1531)。賛成395、反対2。ほぼ全会一致と言っていい。
SNS上では「中国を国際金融システムから叩き出す法案が通った」という趣旨の投稿が広がり、その反応も早かった。台湾のメディアが即座に報じ、中国語圏のネット上では驚きと警戒のコメントが並んだ。
しかし、条文を読むと、見える風景はだいぶ違う。
結論を先に言えば、この法案は「中国をSWIFTから排除する」「ドル決済を止める」といった即効性のある制裁とはまったく別のレイヤーにある。効くとすれば「規制・監督の地政学」の領域であり、そのインパクトは長期的かつ間接的だ。しかし、だからといって意味がないわけでもない。むしろ「有事の手前でカードを切れる」という設計にこそ、この法案のしたたかさがある。
以下、条文の中身、よくある誤読、中国側の備え、そしてこの法案が本当に意味するところを、順を追って整理してみたい。
法案は何を言っているのか
まず条文に立ち返る。
PROTECT Taiwan Actの正式名称は「Pressure Regulatory Organizations To End Chinese Threats to Taiwan Act」。頭文字を並べてPROTECTとなる。米議会ではこの種のバクロニム(意味のある単語になるよう逆算して名前をつけること)がよく使われるが、今回もその例に漏れない。
条文の骨格はシンプルだ。大統領が議会に対し、「中国の行動が台湾の安全・経済体制・社会体制を脅かし、かつ米国の利益に危険を及ぼしている」と通知した場合、米国の方針として、以下の6つの国際機関から中国の代表者を排除するよう働きかけることを定めている。
G20、BIS(国際決済銀行)、FSB(金融安定理事会)、BCBS(バーゼル銀行監督委員会)、IAIS(保険監督者国際機構)、IOSCO(証券監督者国際機構)。
そして、財務省、FRB(連邦準備制度理事会)、SEC(証券取引委員会)に対し、この排除方針を推進するために「あらゆる必要な措置を講じる」ことを義務づける。大統領が国益上の理由で適用を免除できるウェイバー条項と、期限を定めるサンセット条項も含まれている。
議会予算局(CBO)は、この法案の実施コストを2026〜2030年の5年間で50万ドル未満と見積もっている。つまり、これは巨大な制裁インフラを構築する法案ではなく、外交的な「働きかけ」の方向を法律で縛るものだ。
最大の誤読――「国際金融システムからの排除」ではない
ここが最も重要なポイントなので、丁寧に説明したい。
この法案を「中国を国際金融システムから切り離す」と表現する解説が多い。しかし条文が言っているのは、「representatives(代表者)をactivities(活動)から排除するよう求める(seek to exclude)」であって、決済インフラを物理的に遮断する話ではない。
ここで挙がっている6つの機関の性格を考えてみよう。G20は国際的な経済政策を議論するフォーラムであり、「加盟国」を「除名」するという手続きがそもそも明確に存在しない。BISは「中央銀行の中央銀行」と呼ばれるが、その主たる機能は中央銀行間の情報交換、政策協調、規制基準の策定であり、日常的な国際送金の決済インフラそのものではない。FSB、BCBS、IAIS、IOSCOも同様に、国際的な金融規制・監督のルールを作る場だ。
つまりこの法案が狙っているのは、「中国の銀行がドルを使えなくなる」という即物的な打撃ではなく、「中国の当局者が国際的な金融ルールの策定プロセスに参加できなくなる」という、もう少し上流のレイヤーへの介入だ。
これは重要な違いだろうか。重要だ。
たとえば2022年、ロシアがウクライナに侵攻した際、西側諸国はロシアの主要銀行をSWIFTから排除し、ロシア中銀の外貨準備を凍結した。これは決済インフラの直接遮断であり、即座にロシア経済に打撃を与えた。PROTECT Taiwan Actは、このレベルの「金融兵器」ではない。
では何なのか。
「規制の地政学」という戦場
国際金融の世界には、目に見えにくいが極めて重要な「ルールの層」がある。
銀行がどれだけ自己資本を持たなければならないか(バーゼル規制)。保険会社の健全性をどう測るか(IAIS基準)。証券市場の透明性をどう確保するか(IOSCO原則)。これらの国際基準は、各国の金融規制の土台になっている。
中国がこれらの場から排除されるとどうなるか。中国の金融機関が翌日から取引できなくなるわけではない。しかし、国際基準の策定に中国が参加できなくなれば、中国の金融システムは「国際標準から外れた独自ルール」で動くことになりやすい。すると、長期的に何が起きるか。
中国の銀行や保険会社と取引する際の「コンプライアンスリスク」が上がる。相手国の規制当局が「中国の金融機関は国際基準に準拠しているのか」と疑義を持つようになる。格付け機関の評価にも影響し得る。要するに、取引の摩擦係数がじわじわと上がる。
これは短期的なショックカードではなく、長期的な摩耗を狙うカードだ。
「有事の手前」で切れるカード
この法案について多くの人が注目した、もうひとつのポイントがある。発動条件のハードルの低さだ。
通常、「対中制裁」と聞くと、中国が台湾に軍事侵攻した場合を想像する。しかしこの法案のトリガーは侵攻ではない。台湾関係法第3条(c)に基づく大統領から議会への通知、すなわち「中国の行動が台湾を脅かし、米国の利益に危険を及ぼす」と大統領が判断した時点で発動プロセスに入る。
これが意味するのは何か。中国が台湾周辺で大規模な軍事演習を行った場合、台湾のエネルギー供給ルートに圧力をかけた場合、あるいは台湾に対する経済的な締めつけを強化した場合――こうした「グレーゾーン」の段階でも、大統領の判断ひとつで発動し得るということだ。
軍事侵攻が起きてからでは遅い、という発想がここにはある。そして下院での395対2という投票結果は、この発想が共和・民主両党でほぼ完全に共有されていることを示している。
では、抑止力として機能するのか
率直に言えば、この法案だけで中国の行動を止められるかと問われたら、答えは「単体では難しい」だろう。理由はいくつかある。
第一に、実装が多段階であること。この法案は「米国の代表者がそのように働きかける義務」を定めているだけで、米国の一存で中国を即座に排除できる仕組みではない。G20から特定の国を追い出すには他の参加国の合意が必要であり、中国と経済的に深く結びついたグローバルサウスの国々がすんなり同意するとは限らない。
第二に、中国にとって台湾統一は「核心的利益」であり、経済的コストを理由に撤回する可能性は低い。習近平政権が繰り返し「祖国統一」を国家的使命として位置づけていることを考えれば、金融規制の場から排除されるリスクだけで意思を挫くのは現実的ではない。
第三に、中国はすでに「制裁を受けること」を織り込んで動いている。ここから先は、中国側の備えを具体的に見ていく必要がある。
中国の備え(1)――CIPSという決済網
中国が構築を急いでいる対抗インフラの筆頭が、CIPS(人民元越境銀行間決済システム)だ。2015年に稼働を開始し、急速に拡大している。
数字を見てみよう。2024年のCIPSの年間処理額は約175.5兆人民元(約24.5兆ドル)。前年比で43%の増加だ。取引件数は約820万件で、前年比24%増。2020年と比べると、処理額・件数ともに3倍以上に膨らんでいる。CIPS公式サイトによれば、2025年の年間取扱額は180兆元に達している。
参加行の広がりも注目に値する。2025年6月時点で直接参加行176、間接参加行1,514。121の国・地域にネットワークが広がっている。アジアが圧倒的に多いが、欧州からも261の間接参加行が接続している。
ただし、ここで冷静に押さえておくべきことがある。CIPSは「SWIFTの代替」とよく言われるが、実態はもう少し複雑だ。SWIFTは銀行間のメッセージング(通信)システムであり、CIPSは人民元建ての清算・決済システムだ。機能が違う。そして重要なのは、CIPSの取引の80%以上がSWIFTのメッセージングに依存しているという点だ。つまり、CIPSはSWIFTの「代替」というより、SWIFTと「補完関係」にある。SWIFTから完全に切り離された場合にCIPSが独立して機能できるかどうかは、まだ検証されていない。
もうひとつ、規模の比較も必要だ。SWIFTは235以上の国・地域で11,500以上の金融機関を接続し、日々5,000万件以上のメッセージを処理している。CIPSの日次処理は約3万件。ネットワーク効果の差は依然として圧倒的だ。
そして人民元のグローバル決済におけるシェアはどうか。SWIFTのRMBトラッカーによれば、2025年半ば時点で人民元のシェアは約2.9〜3.5%。米ドルの47〜48%、ユーロの23〜24%と比べると、まだ一桁の世界にとどまっている。フィンランド中銀のレポートによれば、人民元の国際決済シェアの上昇は、実態としては中国自身の対外貿易における人民元建て比率の上昇がほとんどを占めており、第三国間の決済通貨として人民元が広く使われているわけではない。
興味深いのは、CIPSの利用が増えるにつれて、SWIFT上での人民元決済シェアがむしろ低下しているように見える点だ。これはCIPSがSWIFTの「代替」として機能し始めた証拠なのか、それとも単にCIPS内でのメッセージングが部分的にSWIFTから自前のシステムに移行しつつあるだけなのか。おそらく両方の要素が混在している。いずれにせよ、CIPSが「SWIFTに取って代わった」と結論づけるのは時期尚早だ。
中国の備え(2)――mBridgeの「卒業」とその後
CIPSよりもさらに野心的なプロジェクトとして注目されてきたのが、mBridge(マルチCBDCブリッジ)だ。
これは中国人民銀行デジタル通貨研究所、香港金融管理局、タイ中銀、UAE中銀が共同で開発した、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を使ったクロスボーダー決済プラットフォームだ。2024年にはサウジ中銀も正式参加した。分散台帳技術(DLT)を基盤にしており、従来のコルレス銀行を経由せず、中央銀行間で直接リアルタイムの決済が可能になる。
技術的な可能性だけを見れば、これは「ドル決済網をバイパスする」夢のインフラだ。テスト段階では、アブダビから北京への送金が10秒で完了したとUAE中銀の関係者が報告している。
しかし、2024年10月末に決定的な転機が訪れた。BIS(国際決済銀行)がmBridgeからの撤退を発表したのだ。
BIS総支配人のアグスティン・カルステンスは「政治的な理由ではなく、プロジェクトが成熟したための卒業だ」と説明した。しかしタイミングは示唆的だった。同月のBRICSカザン首脳会議で、プーチン大統領がmBridgeの技術を基にした「BRICS Bridge」構想に言及したのだ。mBridgeが制裁回避のツールになり得るという懸念が、ワシントンで急速に高まっていた。
カルステンスは「mBridgeはBRICSブリッジではないし、制裁を回避するためのツールでもない」と明言し、さらに「完全な運用段階にはまだ何年もかかる」と付け加えた。
ここで「ペトロダラー」の文脈にも触れておこう。サウジアラビアのmBridge正式参加を受けて、「石油がドル以外で決済される時代が来る」という議論が活発になった。確かに、中国がサウジから石油をデジタル人民元で購入し、サウジがその人民元で中国製品を買う――このループが完成すれば、ドルの出番はない。しかし現時点でそれが日常的に起きているかと言えば、答えはノーだ。mBridgeが処理した実取引の規模は、公式にはまだ限定的だ。サウジの参加は将来の可能性を開くものではあるが、「ペトロダラー体制の崩壊」と呼ぶには、道のりがまだかなり長い。
BIS離脱後、mBridgeは参加5中銀による自主運営に移行した。アトランティック・カウンシルのジョシュ・リプスキーは、BISの撤退が「CBDC開発における地政学的分断を象徴している」と指摘した。西側諸国の中銀は、日本、韓国、米国、欧州などが参加する別のプロジェクト「Agorá」に軸足を移しつつある。
つまりmBridgeは、「将来の潜在力」はあるが、現時点で「SWIFTやコルレスバンクを無力化した」と言えるフェーズにはない。ここを誇張すると、分析の精度が落ちる。
中国の備え(3)――金と米国債のリバランス
決済インフラの多元化と並行して、中国は準備資産のポートフォリオも組み替えている。
米国債について。TIC(米財務省国際資本)統計によれば、中国の米国債保有額は2025年11月時点で6,826億ドル。2025年7月には一時7,307億ドルから一気に257億ドルを売却し、2008年12月以来の低水準を記録した。2022年4月以降、保有額は一貫して1兆ドルを下回っている。
ただし注意が必要だ。TIC統計はカストディ(保管場所)ベースの集計であり、第三国を経由した保有は正確に捕捉できない。米財務省自身がこの点を繰り返し注記している。したがって「中国が直接どこまでポジションを落としたか」の正確な把握には限界がある。
金について。中国人民銀行(PBoC)の公式金保有量は2025年第4四半期で2,306トン。2024年11月に購入を再開して以来、14か月連続で金を買い増している。外貨準備に占める金の比率は約7.7%に上昇した。
なお、公式発表と実態の乖離を指摘する分析もある。Money Metalsのヤン・ニーウェンハイスは、報告されていない分を含めたPBoCの実質金保有を5,411トンと推計しており、これは公式数字の2倍以上だ。この推計の妥当性については議論が分かれるが、「公式数字が過小報告である可能性」は複数のアナリストが指摘している。
全体として、中国の動きは「ドル資産を減らし、無国籍資産(金)を増やす」方向に明確だ。しかし、これを「ドル離れの完了」と読むのは早い。中国の外貨準備は約3.3兆ドルであり、そのうち金はドル評価で約3,100億ドル。依然としてドル建て資産が準備の大半を占めている。
人民元は「ドルの代替」になれるのか
ここまで見てきた中国の備え――CIPS、mBridge、金の買い増し――は、いずれも「ドル依存の低減」を志向している。では、人民元は近い将来にドルの地位を脅かすのだろうか。
数字が語っていることは、思ったよりも地味だ。
SWIFTのデータでは、人民元のグローバル決済シェアは2024年の一時的なピーク(約4.7%前後)から、2025年半ばにかけて2.9〜3.5%に低下している。2025年5月には4年ぶりに国際決済通貨ランキングで6位に転落した。米ドルは依然として47〜48%、ユーロが23〜24%。人民元のシェアは英ポンドや日本円と並ぶ水準であり、「基軸通貨の座を争う」段階とは言い難い。
IMFのデータでは、世界の中央銀行の外貨準備に占める人民元のシェアは約2.1%(2025年3月末)。2022年の2.8%からむしろ低下している(人民元のドルに対する減価が一因)。
ECB(欧州中央銀行)の最近の研究によれば、人民元のグローバル輸出に占めるインボイシング(請求書通貨)シェアは2%未満にとどまっている。増加が最も顕著なのは欧州(主にロシア貿易由来)とアジアだが、それでも1.5〜2%程度だ。アフリカや中東ではほぼゼロに近い。
人民元の国際化を阻んでいる最大の構造的障壁は、資本規制だ。中国は個人の年間外貨取引を5万ドルに制限しており、資本の自由な移動を認めていない。通貨が国際的に広く使われるには「持ちたいときに買え、出したいときに出せる」ことが必要だが、人民元にはそれがない。
これは中国政府にとってジレンマだ。資本規制を緩和すれば人民元の国際化は進むが、同時に資本流出リスクが高まる。金融システムの安定を優先する限り、資本規制は外せない。資本規制を維持する限り、人民元は国際決済通貨にはなっても基軸通貨にはなれない。
「フラグメンテーション」という現実
ではどこに着地するのか。
ドルが崩壊するわけでもなく、人民元がドルに取って代わるわけでもない。起きているのは、もう少し退屈だが重要な構造変化だ。
国際金融のルール形成と決済インフラが、徐々に「ブロック化」していく。
西側陣営ではBISが主導するProject Agoráが、日米欧韓などの中銀を中心に進んでいる。一方、中国を軸にしたmBridgeはBRICS諸国やグローバルサウスに広がりつつある。決済システムが二つの系統に分かれ始めている。
規制の世界でも同様だ。PROTECT Taiwan Actが発動されれば、バーゼル委員会やIOSCOといった場から中国の当局者が排除される。すると、銀行規制の「国際基準」自体が二つに分岐する可能性がある。西側基準と中国基準が併存し、どちらの基準で取引するかがカントリーリスクの要素になる。
国際金融論の文脈では、これを「フラグメンテーション(分断)」と呼ぶ。IMFやBISが近年繰り返し警告している現象だ。単一の国際ルールのもとで世界が動く時代が終わり、複数の規制・決済圏が併存する時代への移行。PROTECT Taiwan Actは、この流れを加速させる一手として位置づけられる。
ここで立ち止まって考えてみてほしい。グローバル金融のルールが一本化されていたこと自体が、歴史的に見れば例外的な状態だったのではないか。冷戦期にはソ連圏と西側で金融システムは完全に分断されていた。それが1991年以降の30年間で統合され、「世界はひとつの金融ルールで動く」のが当たり前になった。しかしそれは永続的な状態ではなかったのかもしれない。フラグメンテーションとは、統合の巻き戻しではなく、新しい均衡点への移行と見たほうが、事態の理解としては正確かもしれない。
日本から見た風景
この法案が成立し、実際に発動された場合、日本は何を考えなければならないか。
日本はこの法案が対象とする6機関すべてのメンバーだ。米国が「中国排除」を提案した場合、日本はその場にいる。賛否を問われる立場になる。
日本にとっての最大の問題は、これが「決済遮断」ではなく「規制協調の場からの排除」であるという点にある。決済遮断であれば、日本の金融機関は「従わなければ自分もセカンダリーサンクション(二次制裁)を受ける」ので、選択の余地はほとんどない。しかし「G20やバーゼル委員会で中国をどう扱うか」という問題は、日本の外交判断そのものだ。
米国に同調すれば、中国からの報復リスクを負う。中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、サプライチェーンの深度も桁違いだ。一方、米国の方針に反対すれば、日米同盟の根幹に関わる。
加えて、仮にフラグメンテーションが進んだ場合、日本の金融機関は「二つの規制基準」に対応するコストを負うことになる。西側基準でも取引し、中国向けには中国基準でも対応する。コンプライアンス部門の負荷は確実に増す。
しかし、これは日本だけの問題ではない。英国の金融機関も、シンガポールの銀行も、同じジレンマに直面する。国際金融のフラグメンテーションは、すべてのクロスボーダープレイヤーにとってのコスト増だ。
この法案が本当に語っていること
最後に、全体を俯瞰してみる。
PROTECT Taiwan ActはSWIFTからの排除でもなければ、ドル決済の遮断でもない。それは、国際的な金融ルール形成の場から中国を締め出す方向に、米国政府を法的に縛るカードだ。
しかし「即効性がない」ことと「無意味である」ことは違う。
この法案のしたたかさは三つある。第一に、発動トリガーが軍事侵攻ではなく「脅威」レベルに設定されていること。グレーゾーンの段階でカードが切れる。第二に、超党派の支持が圧倒的であること。395対2という数字は、対中強硬姿勢が米議会のコンセンサスであることを示している。第三に、軍事的抑止力と組み合わさることで、中国に「台湾に手を出すことの総コスト」を引き上げるシグナルとして機能すること。
一方、中国も座して待っているわけではない。CIPSの拡大、金の買い増し、米国債の漸減、mBridgeの自主運営への移行。これらはすべて「いつか来る金融制裁」への備えだ。ただし、その備えの現状は、SNSで流通している説明よりもかなり途上だ。CIPSはSWIFTに依存し、mBridgeはまだ運用段階にない。人民元のグローバルシェアは3%前後であり、資本規制という構造的壁は崩れていない。
大きな絵を描くなら、こうだろう。国際金融システムは「単一のルールと単一の決済言語」の時代から、「複数のルールと複数の決済言語が併存する時代」へ向かっている。その速度を規定するのは、技術よりも政治と規制と資本規制だ。PROTECT Taiwan Actはその移行を加速させるひとつのピースであり、「金融の武器化」の最先端は、決済の遮断から、ルール形成の地政学へと移りつつある。
では、このフラグメンテーションの行き着く先はどこか。それは、誰にもまだ見えていない。ただひとつ確かなのは、「金融を地政学のツールとして使う」という選択にはコストが伴うということだ。制裁する側にも、される側にも、そしてその間で取引するすべてのプレイヤーにも。PROTECT Taiwan Actの395対2という数字は、米議会がそのコストを引き受ける覚悟を示したものだ。問題は、そのコストの配分がどこにどう落ちるか、まだ誰も正確には計算できていないことだろう。
※本稿の数値は、米議会図書館(Congress.gov)、CBO、CIPS公式、SWIFT RMB Tracker、米財務省TICデータ、Trading Economics、World Gold Council、BIS公表資料、Bloomberg等の公開情報に基づく。2026年2月11日時点。
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