最高裁が関税を潰した。で、大統領は言うことを聞くのか?
2026年2月20日金曜日。米連邦最高裁が6対3でトランプ大統領の関税を違法と判断した。国際緊急経済権限法(IEEPA)は関税を課す権限を大統領に与えていない——というのがその理屈だ。ロバーツ首席判事は多数意見の中で、IEEPAの第1702条(a)(1)(B)にある「規制する(regulate)」と「輸入(importation)」という二語だけを根拠に、大統領がどの国からの、どの商品にも、どの税率を、どれだけの期間でも課せる独立した関税権限を持つと読むことはできない、と判示した。「その二語はそれほどの重みを支えられない」と。さらにゴーサッチ判事とバレット判事が加わったパートでは、いわゆる「重大問題法理」にも触れた。議会が重大な経済的・政治的意義を持つ権限を委任するなら、それは明確な文言で行わなければならない、と。関税はまさに「巨大な権限」であり、曖昧な条文から読み取れるものではない。
では、これで関税は消えたのか。話はそう単純ではない。
判決から数時間後、トランプ大統領は記者会見を開き、判決を「恥だ」と呼んだ。しかし彼がとった行動は、判決を無視して税関に徴収を続けさせることではなかった。代わりに、別の法律——1974年通商法第122条——に基づいて、広範な輸入品に10%のグローバル関税を発令した(鉄鋼・アルミ・自動車など既存の第232条関税対象品や一部品目は適用除外)。発効日は2月24日。翌2月21日にはこれを15%に引き上げると表明した。違法とされた根拠法を別の法律にすげ替え、週明けから実質的に近い水準の関税を復活させた形だ。
ここで少し立ち止まりたい。これは最高裁判決の「無視」なのだろうか。
「無視」と「迂回」のあいだ
少なくとも今の段階では、「無視」という言葉は正確ではない。形式上、政権はIEEPA関税を終了させる大統領令に署名し、最高裁の決定には従った。ただし税関実務(システムコードの停止等)の都合上、CBPによるIEEPA関税の徴収停止は2月24日からとなり、週末も徴収が続いていたと報じられている。つまり「同じ法律で同じことを続ける」という露骨な不服従はやっていない。しかし同時に、まったく別の法律を引っ張り出して、ほぼ同じ結果を再現してみせた。
これは法治の崩壊なのか。それとも法治の範囲内での高度な戦略なのか。どちらとも言い切れないところに、この問題の核心がある。
政権が選んだ通商法第122条という法律は、そもそもどういうものか。これは固定相場制の時代に、国際収支が急激に悪化した際の緊急措置として作られた条文だ。大統領が一時的に最大15%の追加関税を課すことを認めている。条文上の発動要件は「根本的な国際収支問題(fundamental international payments problems)」の存在だ。ここが論点になる。1973年に変動相場制へ移行した後は、為替レートが自動調整されるため、この条文が想定する種類の危機は構造的に起きにくくなった。現に制定以来一度も使われていない。米国が今、第122条の要件を満たすような「国際収支問題」に直面しているかどうかは、エコノミストや通商法の専門家の間でも「適用は苦しい」という見方が強い。
ケイトー研究所の通商専門家ブライアン・ライリーは端的にこう述べた。「第122条は"根本的な国際収支問題"が存在する場合にのみ関税を認めている。米国はそのような問題に直面していないから、法的根拠がない」。
つまり、この「迂回ルート」自体がすぐに提訴され、また違法と判断される可能性が高い。では政権はなぜ、負けそうな法的根拠をあえて選んだのか。
たぶん、答えは「時間」だ。
150日の時間稼ぎ——何のための猶予か
第122条には、大統領権限に対する明確な制約が組み込まれている。関税の上限は15%。そして期間は最大150日間だ。延長するには連邦議会の承認が必要になる。2月24日に発効したから、期限は2026年7月24日。
この150日間で政権は何をするつもりなのか。大統領は記者会見の中で、通商法第301条に基づく新たな調査を開始すると明言した。第301条は不公正貿易慣行を根拠に関税を課す仕組みで、過去の裁判で合憲性が繰り返し認められてきた。IEEPA関税のような「大統領の独断で即座に発動」とは違い、調査プロセスが必要だ。制度上、調査には数カ月から年単位かかり得るが、政権は迅速手続きの活用を示唆している。
戦略の全体像はこうだ。第122条で当面の関税水準を維持しつつ、その裏で第301条の調査を走らせる。150日の期限が切れる前に調査を完了させ、より法的に堅固な関税に乗り換える。第122条はあくまでも「つなぎ」にすぎない。理論上は第122条の期限が切れた後に再度「国際収支の危機」を宣言してタイマーをリセットする、という繰り返しも不可能ではない。そうなれば事実上の恒久的関税ツールになるが、その解釈が司法に許容されるかはまた別の問題だ。
外交問題評議会(CFR)のマイク・フロマン会長は「第122条の関税に加え、その後の第232条(国家安全保障)や第301条の関税を合わせれば、多くの国は結局ほぼ同じ水準の負担になるかもしれない」と分析している。
では、実際に家計や実体経済にはどの程度の影響が出ているのか。
数字で見る「今」——何が変わって何が変わっていないか
イェール大学バジェットラボの分析が、判決前後の変化を定量的に示している。
IEEPA関税が撤廃されたことで、米国の平均実効関税率は約16%から約9%へ下がった。16%という数字は1936年以来の水準だったから、これだけ見れば大きな変化だ。しかし第122条の15%関税が加わることで、実効税率は約13.7%まで戻る。IEEPA時代ほどではないが、2025年1月以前の約2%と比べれば依然として異常に高い。9%でさえ1946年以来の水準だった。
家計への負担はどうか。バジェットラボの推計では、IEEPA関税が維持されていた場合、平均的な世帯の年間負担は約1,000〜1,300ドルだった。最高裁判決後、これは600〜800ドル程度に半減する。タックス・ファウンデーションの試算もほぼ同じ数字を示している。ただし第122条関税が150日を超えて延長された場合、負担は再び1,000〜1,300ドルの範囲に戻る。なお、これらの推計は関税が全額消費者価格に転嫁されるという前提に基づいている。実際のパススルー率は品目や市場構造によって異なり、また一度上がった店頭価格は関税が外れてもすぐには下がりにくい(価格の下方硬直性)という点には留意が要る。
ここで見落とされがちだが、重要な事実がある。この負担は逆進的だということだ。バジェットラボのデータによれば、所得下位10%の世帯では税引き後所得の約1.1%〜1.9%を関税負担として失う。一方、上位10%では0.4〜0.6%にとどまる。関税は一見すると「外国への罰」のように語られるが、実態としては所得が低い世帯ほど重く効く国内消費税に近い構造を持つ。
雇用への影響もある。バジェットラボは、残存する関税だけでも2026年末までに失業率を0.3%ポイント押し上げ、約55万人の雇用が失われると推計している。IEEPA関税が残っていればこの影響は約2倍だったから、最高裁判決がダメージを半分に抑えた計算にはなるが、ゼロにはなっていない。
長期的なGDPへの影響はどうか。バジェットラボによれば、現行の関税体制のもとで米国のGDPは長期的に0.1〜0.2%縮小する。年間約300億ドル相当だ。IEEPA関税が残っていれば0.3%の縮小だったから、縮小幅は小さくなった。ただしその一方で、製造業セクターの国内生産はわずかに拡大するという推計も出ている。関税は経済全体を縮小させながら、セクター間の再配分を引き起こす。この再配分が政策目的に合致しているかどうかは、別途検証が必要な論点だ。
もう一つ、数字が教えてくれることがある。タックス・ポリシー・センターの試算では、IEEPA関税が撤廃され代替関税が導入されなかった場合、今後10年間で関税による税収は約1.4兆ドル減少し、2026年には平均的な家計で約1,200ドルの負担軽減になるとされた。しかしこの試算の前提——「代替関税なし」——は、すでに第122条関税の発動で崩れている。最高裁判決の果実がどれだけ残るかは、今後5カ月間の政策選択に依存する。
1,000億ドルの宙ぶらりん——還付金という爆弾
最高裁判決にはもう一つ、大きな問題が付きまとっている。還付金だ。
IEEPA関税が「最初から違法だった」と最高裁が判断した以上、論理的帰結として、輸入業者がこれまでに支払った関税は返還されるべきだ。しかし最高裁は還付の具体的方法について何も言わなかった。この問題は国際貿易裁判所(CIT)に差し戻された。
金額の規模が問題をさらに複雑にする。Penn Wharton Budget Modelは還付対象額を最大約1,750億ドルと推計している。CBPが公表した2025会計年度以降のIEEPA関税収入は少なくとも約1,335億ドルだ。いずれにせよ巨額であることに変わりはない。連邦政府の関税収入は、2025年1月以前は政府歳入の1.3%程度にすぎなかったが、2026年1月時点では5.2%まで膨らんでいた。そのうちの大半がIEEPA関税だ。これが一気に返還対象になる。RSMのチーフエコノミスト、ジョゼフ・ブルスエラスは「1,300億ドルの還付は大型減税パッケージに匹敵する四半期兆ドル規模の刺激になる」と指摘した。
しかし、そう簡単に還付が実現するとは限らない。政府が速やかに全額を返す仕組みが整わなければ、企業は何年にもわたる訴訟プロセスに巻き込まれる。その間、支払ったコストは設備投資にも賃上げにも回らない。しかも、企業がすでに消費者に転嫁したコストはどう扱われるのか。カバノー判事が反対意見の中で「輸入業者の中にはすでにコストを消費者に転嫁した者もいるかもしれない」と述べたように、還付の「受取人」の問題も単純ではない。
不確実性それ自体がコストだ、という点は強調してしすぎることがない。
歴史はどこまで参考になるか
米国史において、大統領が最高裁と真正面から衝突した事例はそう多くない。だが構造的に似たケースは存在する。
1861年、南北戦争のさなか、リンカーンは議会の承認なしに人身保護令状の特権を停止した。当時のトーニー最高裁長官がこれを違憲と判断し、軍に拘束された市民の釈放を命じた。しかしリンカーンの指揮下にある軍司令官は、大統領の権限を根拠に令状の受け入れを物理的に拒否した。リンカーンはその後の議会教書で「連邦という国全体が崩壊しようとしている時に、単一の法律のみを守ることで国家そのものを失ってよいのか」と主張した。議会が2年後に事後的に大統領の権限行使を承認(1863年人身保護法)したことで、法的な決着はついた。これは行政府が最高裁判断を物理的に無視した、最も明確な歴史的事例だ。
1935年の金約款事件では、大恐慌のデフレ対策として政府と議会が債権者の「金での支払い要求権」を無効化した。最高裁が違憲判断を下せば、推計500億ドル規模の追加債務が発生し金融システムが崩壊するリスクがあった。ルーズベルトは敗訴に備え、判決を無視して債務支払いを拒絶する旨のラジオ演説原稿を事前に用意していた。結果は5対4で政府が辛勝し、その演説が読まれることはなかった。だが「マクロ経済のシステミック・リスクを理由に、行政府が最高裁判決の不服従を制度的に準備していた」という事例は、すでに存在する。
ただし、歴史的類比を使うときには注意が要る。よく引き合いに出されるジャクソン大統領の「マーシャルが決めたなら自分で執行してみろ」という有名な台詞は、テキサス大学法学部のスティーヴ・ヴラデック教授が指摘するように、史料的に確証が薄い。さらに重要なのは、ウースター対ジョージア州事件の実態は「州が判決に従わなかった」要素が強く、「大統領が最高裁を無視した」という構図とはメカニズムがかなり異なるという点だ。歴史の類比は議論を鮮やかにするが、精度を落として使うと分析の解像度まで下がる。
では、これらの歴史的事例と今回のケースの構造的な違いはどこにあるか。リンカーンとルーズベルトのケースには、国家の存亡に関わる安全保障上の危機か、マクロ経済システム全体の崩壊リスクが存在した。今回の関税をめぐる衝突にはそのレベルの緊急性はない。言い換えれば、行政府が司法判断を完全に踏みにじるためのインセンティブが、歴史的事例と比べて相対的に弱い。だからこそ、「露骨な無視」ではなく「法的迂回」が先に起きている。これは制度がまだ一定の規律を保っている証左でもある。
本当の分岐点はまだ先にある
現時点で起きていることを正確に記述するなら、「行政府が合法的な迂回ルートを次々と試している段階」だ。最高裁判決を正面から踏みにじる——税関に対して「判決を無視して関税を徴収せよ」と命じる——ところまでは至っていない。判決の「精神」に従っているかどうかは議論の余地があるが、「文言」には形式的に従っている。
真の制度的危機が顕在化するのは、以下の条件がすべて満たされた時だろう。第122条の150日が切れ、議会が延長を拒否する。代替として準備した第301条や第232条の関税も、司法によって大統領の権限外として棄却される。行政府が利用可能な合法的迂回ルートをすべて使い果たす。それでもなお、大統領が税関に対して徴収の継続を命じる。
そこで初めて、問いの性質が根本的に変わる。「どの法律が正しいか」という法解釈の問題から、「誰が国家の正統な命令系統か」という政治的な協調問題へ。
司法府は自力では判決を執行できない。アレクサンダー・ハミルトンが「フェデラリスト第78篇」で書いたように、裁判所は「剣も財布も持たず、判断を出すだけ」の機関だ。判決の実効性は、行政府の官僚が従うか、議会が予算権限で止めるか、州政府が独自に動くか、そして市場が制度の毀損をどこまで価格に織り込むか——複数の独立したプレイヤーの協調に依存している。どれか一つでも崩れれば、制度の均衡は不安定になる。
JPモルガンは判決直後のアナリストノートで「貿易の不確実性は今後数カ月間、高止まりするだろう」と述べた。市場が最も嫌うのは、実は関税率の水準そのものではない。「法的最終性の消失」だ。今日は第122条、明日は第301条、来月はまた別の法律——適用される根拠法と税率が数カ月単位で変動し続ける状況は、企業の設備投資判断を凍結させる。不確実性が高ければ、待ったほうが合理的だからだ。リアルオプション理論が教える通りの帰結である。
国際的な影響も見逃せない。2025年以降、米国はIEEPA関税をテコにして複数の国との二国間交渉を進めてきた。EUから英国、ベトナム、インドに至るまで、すでに合意に達した、あるいは交渉が最終段階にあるディールがある。では、そのテコにしていた関税の法的根拠が消滅したらどうなるか。CFRのフロマン会長が指摘するように、各国はおそらく合意の破棄を急いでトランプ大統領の怒りを買うことは避けるだろう。しかし水面下では、交渉カードの価値が根本的に変わったことを十分に認識しているはずだ。
米国の制度的な予見可能性——法の支配(rule of law)に対する信認——は、国際交渉においてもっとも重要な無形資産の一つだ。条約も通商協定も「次も守られる」という期待のうえに成立する。国内で最高裁判断すら実質的に迂回される状況が続けば、相手国は合意の価値をディスカウントし始める。それは為替市場のターム・プレミアムやドルの基軸通貨としての信認にも、長期的にはじわじわと効いてくる類の問題だ。
さらに、ここまでの分析に一つ欠けている変数がある。相手国の報復だ。通商政策は一方通行ではない。すでにEUは第122条の15%関税を、2025年8月に米国と結んだ合意への違反と見なし、対抗措置の評価に入ったと報じられている。報復関税が発動されれば、米国の輸出産業に二次的なダメージが加わる。上で挙げた家計負担や雇用影響の推計は、あくまで米国単独の関税コストであり、貿易相手国の反応を織り込んでいない。この変数が加わると、実体経済への影響はさらに重くなる方向に動く。
ここから先、注視すべき変数は四つある。第一に、第122条に対する法的挑戦の行方——「国際収支の危機」という前提を裁判所が認めるかどうか。第二に、7月24日の期限までに第301条調査が完了し、代替関税への移行が実現するかどうか。第三に、1,000億ドルを超える還付金がいつ、どのような形で処理されるか——これは企業行動にもマクロ経済にも直結する。第四に、11月の中間選挙を前にした議会が、インフレ要因となる関税の延長を承認する政治的インセンティブを持つかどうか。
制度は魔法ではない。自動的に正しい結果を出す装置でもない。制度を守る側が協調できるかどうかで、結末は変わる。ただ、米国の制度には、選挙管理の分権(50の州がそれぞれ管理する)、大統領任期の物理的な期限(修正第20条で1月20日正午に終了する)、憲法改正のきわめて高いハードル(第5条による議会の3分の2と州の4分の3の承認)という、複数の独立した「詰め」が組み込まれている。どれか一つが崩れても、他が機能し続ける限り、全面的な制度崩壊には至りにくい構造だ。そしてもう一つ、忘れてはならないのは、行政府の官僚にも軍にも「憲法への宣誓」という建付けがあるという事実だ。最高裁の判断が明確であればあるほど、「命令に従うと自分がコンテンプト(法廷侮辱)の法的リスクを負う」という計算が個々の実務者に働く。この内側からの摩擦が、制度の最後の安全弁として機能する。
もちろん「至りにくい」は「至らない」と同じ意味ではない。7月24日までの150日間に何が起きるかを、数字を見ながら追う価値はある。
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