あなたは最近、政治的に「反対側」にいる人と、落ち着いて議論できただろうか?
ひとつ、問いかけから始めたい。あなたは最近、政治的に「反対側」にいる人と、落ち着いて議論できただろうか?
もしそれが難しいと感じるなら、あなただけではない。Pew Research Centerの2025年3月の調査によれば、米国の成人の8割が「共和党支持者と民主党支持者は、政策だけでなく基本的な事実認識(basic facts)ですら合意できない」と回答している。政策の優先順位が違うのではない。何が事実かという出発点で、すれ違っている。
これは米国だけの話ではない。では、いま世界で何が起きているのか。
ヨーテボリ大学V-Dem研究所の2025年報告書「25 Years of Autocratization」は、世界の民主主義水準が人口加重平均で1985年にまで後退したと記す。世界人口の72%、約58億人が権威主義体制下にあり、民主主義国(88)を権威主義国(91)が20年以上ぶりに上回った。
注目すべきは、この傾向が途上国だけの問題ではないことだ。北米・西欧の民主主義水準も1983年レベルに低下している。V-Demの創設者リンドバーグ教授は米国について「近代史上最も速い権威主義化のエピソード」と評し、「このペースが続けば夏前に民主主義国と分類できなくなる」と2025年3月に述べた。Freedom HouseやEconomist Intelligence Unitも、指標は異なるが同様の結論に達している。
分断は「感情」の問題になっている
なぜ、事実の共有すらできなくなったのか。政治学で「感情的分極化」と呼ばれる現象が鍵を握る。相手陣営の人間を「道徳的に劣った存在」とみなすようになる現象だ。Pewの2022年調査では、共和党支持者の72%、民主党支持者の63%が相手を「不道徳」と回答した。2016年にはそれぞれ47%と35%だった。
Gallupの2025年データでは「穏健派」と自認する米国人が過去最低の34%に低下。ソーシャルメディアもこれを加速させている。Xは共和党支持者が多数を占め、ThreadsやBlueskyは民主党支持者が集まる。PNAS誌の研究は、スマートフォン・ソーシャルメディアの普及と分極化の加速がほぼ一致していることを示した。
2025年9月のPew調査では米国人の85%が「政治的動機による暴力が増加している」と答えた。しかし原因についてはまったく合意できない。問題の存在には同意するが、原因認識が正反対という状態だ。
英国──「例外」ではなかった
「これは米国特有の問題だろう」と思うかもしれない。しかし英国を見てみよう。
2026年2月時点のPollCheck集計で、Reform UKが30%で首位、労働党19.7%、保守党18.6%。2024年総選挙で圧勝した労働党はわずか1年半で支持率を約14ポイント失った。スターマー首相の満足度は15%で1978年以降の全首相中最低だ(Ipsos、2026年1月)。
Electoral Calculusの2026年1月推計では、今選挙ならReform UKが335議席で単独過半数を確保し、労働党は85議席に転落する。だが同じIpsos調査で「Reform UKに政権担当能力がある」と答えた人は25%にとどまり、58%が「ない」と答えた。多くの有権者は「任せられるとは思わないが他に選択肢がない」と感じている。怒りの投票であり、期待の投票ではない。
ドイツのAfD、フランスの国民連合も含め、先進国全体でポピュリスト勢力が台頭している。個別の国の問題ではなく、構造的な現象だ。
では、どうなるのか
事実を共有できず相手を「敵」とみなす社会で、民主主義はどう変質するか。政治学が示すシナリオは概ね3つある。議会の妥協不能による統治麻痺(米国では2025年秋に43日間の政府閉鎖が発生した)。司法や捜査機関など中立であるべき制度の「武器化」。そして、選挙は維持されるが実質的競争が失われる「競争的権威主義」への移行だ。V-Demは米国がこの方向に向かう可能性を明示的に警告している。
確定した未来ではない。だが現在の軌道を延長すれば、行き着く方向である。
「もっと対話しよう」は長期的に正しいが、現在の速度からは、それで持つのだろうか。
制度設計の観点では、具体的な試みが存在する。ひとつは選挙制度の変更だ。優先順位付投票制(Ranked Choice Voting)では、有権者が候補者に順位をつける。極端な候補は1位票を集めるが他陣営の2位票を得られず不利になり、幅広く「許容される」中道的な候補が勝ちやすくなる。アラスカ州やメイン州では住民投票で導入され、党派対立の緩和に一定の効果を示している。
もうひとつは市民会議(Citizens' Assembly)だ。無作為抽出された市民が専門家の説明を受け、数ヶ月議論して政策を提言する。アイルランドでは、国論を二分していた人工妊娠中絶と同性婚が、99人の市民会議を経て国民投票にかけられ、それぞれ66%、62%の賛成で憲法改正が実現した。政治家が数十年間手をつけられなかった問題を、無作為に選ばれた市民が動かしたのだ。
さらに、中央政府の権限を縮小し争点を地方に委譲する「補完性原理」の徹底もある。中央での奪い合いの熱量を下げる発想だ。
ただし根本的な矛盾がある。現行システムで権力を握る政治家が、自らの地位を脅かす改革を自発的に行うだろうか。ほぼノーだ。アラスカの選挙制度改革は州議会ではなく住民投票で、ニュージーランドのMMP導入も政治不信が極限に達した末に実現した。既存の政治家をバイパスする回路がなければ変化は起きにくい。
市民に発議権がないケース──日本と英国の場合
日本や英国のように国民に発議権がない国では、事情がさらに深刻だ。有権者が「このルールを変えろ」と直接命令する制度(イニシアティブ)が封じられている以上、改革は政治家の自発性に依存する。自分の首を絞める改革を提案する政治家がどれだけいるだろうか。政治学ではこれを「ロックイン効果」と呼ぶ。
歴史的に、こうした国でシステム変更が起きたパターンは3つしかない。
第一は「シングル・イシュー選挙」だ。強力なリーダーがたった一つの争点を掲げて解散に打って出る。2005年の小泉首相の「郵政解散」が典型例だが、この手法は「賭けに出られるリーダー」の出現という低確率の条件に依存する。
第二は、エリートの分裂と連立の取引だ。与党が過半数を割った時、小政党が「制度改革を呑むなら連立を組む」と条件をつける。1994年の日本の政治改革は自民党分裂と細川政権成立の混乱下で断行された。英国でも2011年に保守党が自由民主党の要求で代替投票制の国民投票を実施した(結果は否決)。
第三は、危機による強制リセットだ。経済破綻や社会不安で統治システムが信頼を失った時、エリート層が改革を差し出さざるを得なくなる。最も悲観的だが、歴史的には最も確実なパターンでもある。
ここに構造的なリスクがある。発議権がない国では不満のガス抜きバルブが制度上存在しない。不満は少しずつ放出されず限界まで蓄積し、ある日突然──ポピュリスト政党の急伸や排外主義への転換として──表面化する。「変えられない」のではなく「ギリギリまで変わらず、変わる時は一気に変わる」。Reform UKが1年あまりで支持率首位に躍り出た英国は、このパターンの一例かもしれない。
結びにかえて
ここまで読んで、暗い気持ちになったかもしれない。ただ、民主主義が「終わる」と言いたかったわけではない。言いたかったのは、民主主義は放っておいても続くシステムではない、ということだ。V-Demの2025年報告書によれば、45カ国が権威主義化の途上にある一方、民主主義化が進んでいる国は19カ国にとどまり、その恩恵を受ける人口は世界の約6%に過ぎない。
他方で、アイルランドの市民会議やアラスカの選挙改革のように、制度の工夫で行き詰まりを打開した例もある。共通しているのは、「良い政治家が現れるのを待つ」のではなく、「誰が政治家になっても極端に走りにくい仕組み」を先に作った点だ。この非対称が示すのは、現行の制度設計では「悪化する力学」の方が「改善する力学」より構造的に強い、という事実だろう。
ただし、先に挙げた事例が興味深いのは、「人間の良心」が変わったから結果が変わったのではない点だ。ゲームのルール──得点計算式──を変えたら、プレイヤー(政治家や有権者)の振る舞いが変わった。それが「合理性」の正体であり、制度設計が有効な理由でもある。問題の本質は感情論ではなく、インセンティブの構造にある。
主要データ出典: V-Dem Institute, Democracy Report 2025 (University of Gothenburg); Pew Research Center (2022–2025各調査); Gallup (2025); PollCheck UK / Ipsos Political Monitor / Electoral Calculus MRP (2026年1–2月); Brookings Institution (2026年2月); PNAS 122(44), 2025

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