英政治状況の整理ー緑の党
2026年2月、英国の政治地図が変わりつつある。PollCheckの移動平均(2月7日時点)では、Reform UKが30.0%で首位、労働党19.7%、保守党18.6%、そして緑の党が13.9%でつける。わずか2年前の総選挙で得票率6.7%・議席4だった政党が、なぜここまで膨張したのか。
理由は明快だ。労働党への失望である。Ipsosによれば、スターマー首相の就任14か月後の支持率は過去50年の首相で最低を記録した。「変化」を約束した政権が何も変えていない――2026年1月のIpsos調査で有権者の約4分の3が「事態は悪化している」と答え、「改善している」はわずか8%だった。
この空白に飛び込んだのが2025年9月就任のザック・ポランスキー党首だ。就任時約68,500人の党員は2026年1月末に19万人を突破し、自民党・保守党の双方を抜いた。ただしSurvationの1月調査では、一般有権者の44%が党首の評価を「わからない」と回答しており、認知度にはまだ伸びしろがある。同調査で「将来緑の党に投票する可能性がある」層は現在の支持率より22ポイント高く、潜在的天井はReform UK(+10)や労働党(+12)より大きい。
「新興政党」ではない
ここで一つ、よくある誤解を片づけておきたい。緑の党は新興政党ではない。半世紀以上の歴史を持つ老舗の小政党だ。2026年の今、彼らが「新しい勢力」に見えるのは、長い間「泡沫政党(Fringe Party)」扱いされてきた党が主要政党へとブレイクスルーしたため、有権者の目に新鮮に映っているにすぎない。
年表を確認しよう。源流は1973年に「PEOPLE」の名で結成された政党にさかのぼる。1975年に「Ecology Party(エコロジー党)」、1985年に現在の「Green Party」へと改称。1990年にスコットランド緑の党・北アイルランド緑の党と友好的に分離し、現在の「イングランド・ウェールズ緑の党」となった。つまり組織としての源流は、現行の自由民主党(1988年結成)よりも古い。驚く人がいるかもしれないが、事実だ。
では、なぜ「新しい」と間違われるのか。三つの理由がある。
第一に、国政での存在感がごく最近まで皆無に近かったことだ。2010年にキャロライン・ルーカス氏がブライトン・パビリオンで当選するまで、緑の党は下院に1議席も持っていなかった。「存在はするが当選しない党」という認識が長く続き、2024年総選挙でようやく4議席を獲得した。「死に票にならない選択肢」として認知され始めたのは、本当にここ数年の話だ。
第二に、支持層の若返りが「新しい党」のイメージを強化している。かつての緑の党支持者は環境保護に関心のある中産階級のインテリ層が中心だった。現在はZ世代やミレニアル世代を軸とした「若者の党」へと変貌しており、Young Greensの会員は4万人に膨張して英国最大の青年政治組織となっている。TikTokやInstagramを駆使した選挙戦術も功を奏し、政党の「見た目」が一新された。
第三に、Reform UKとの対比効果がある。メディアが「Green vs Reform」という構図で報じることが多いため、両方とも新しい勢力だと錯覚されがちだ。しかしReform UKは2018年にブレグジット党として結成され2021年に改称した正真正銘の新興政党であり、緑の党とは歴史の厚みがまるで違う。実態は「50年の下積みを経た老舗の革新派」と「新興の右派ポピュリスト」の戦いだ。
そしてもう一つ、最も重要な「新しく見える理由」がある。政策の中身そのものが入れ替わったことだ。
何を掲げているのか
2024年マニフェストを読むと、気候変動より先に「生活コスト」と「再分配」が前面に出てくる。
税と再分配。資産1,000万ポンド超に年1%、10億ポンド超に年2%の富裕税。キャピタルゲイン税率を労働所得と同水準に引き上げ。最低賃金は時給15ポンドへ即時引き上げ、週4日労働制を推進する。
住宅。年間15万戸の社会住宅建設、家賃規制の導入、理由なき立ち退きの禁止。断熱改修への大規模投資。住宅政策こそ、若者票を引きつける最大の武器だ。
エネルギー。風力発電比率70%目標、新規化石燃料の許認可停止、原子力のフェードアウト、大手エネルギー企業の公有化。しかし英国議会の環境監査委員会は、送電網の増強と需要側の柔軟性確保がボトルネックになると繰り返し指摘している。風車を建てるだけでは電力は届かない。
外交・安保。ここが最も誤読されやすい。ポランスキー党首は個人的に「NATO離脱」を語っているが、同じ報道で「党の公式政策ではない」と明記されている。マニフェスト周辺の説明はNATO枠内での改革要求であり、核抑止力(トライデント)の廃棄は公式方針として確認できる。党首の発言と党の公式方針のズレを見落とすと、リスク評価が過大になる。
「キャスティングボート」としての緑の党
Electoral Calculusの予測(2026年1月)は、緑の党の獲得議席を約46と見積もる。下院過半数326には遠い。単独政権は小選挙区制のもとで数学的にほぼ不可能だ。
しかし同じ予測が示すのは、労働党が過半数を大きく割る「宙吊り議会」の蓋然性である。More in Commonの推計では労働党の議席が85まで落ちる可能性がある。この状況で政権を組むには、緑の党と自民党の議席が不可欠になる。緑の党は首相を出す政党ではなく、首相を「選ぶ」政党になる。
最も現実的な形態は閣外協力(Confidence and Supply)だろう。不信任案と予算案に賛成する代わりに、特定の政策を取引の対価として受け取る。
「通るもの」と「通らないもの」
通りやすい政策。理由なき立ち退きの禁止。断熱改修・省エネ投資の上積み(景気対策としても正当化しやすい)。キャピタルゲイン課税の引き上げ(富裕税フル導入より穏当に見える)。選挙制度改革の議論開始。これらは連立相手が飲める範囲が広い。
通りにくい政策。NATO離脱は、そもそも党の公式政策ですらない。原発の早期廃止も送電網の制約が重い。ストック課税としての富裕税は、課税ベースの海外移転リスクから「やや厳しめのキャピタルゲイン課税」に落ち着く公算が高い。
つまり連立は、緑の党の「優先順位を実務上通る順に並べ替える」装置として機能する。住宅・生活コスト改革で成果を取り、尖った部分はスローガンの領域に後退する。
ドイツの前例
この構図は前例がある。1980年結成のドイツ緑の党も当初はNATO脱退を掲げる急進政党だった。党内では「レアル(現実派)」と「フンディ(原理派)」の闘争が10年以上続き、1990年の選挙惨敗(得票4.8%、議席ゼロ)を経て現実派が主導権を握った。1998年にSPDと連立で政権入りした外相フィッシャーは、翌年にはコソボ紛争でNATO軍事介入を支持した。平和主義政党が戦争を承認する。権力は政策の優先順位を否応なく書き換える。
英国緑の党が同じ道を歩くかはわからない。だが構造的圧力は同じ方向に作用する。財務省、イングランド銀行、連立相手、そして毎日の電力需給という物理的制約が、「急進的変革者」を「実務上の調整者」に変える力は侮れない。
市場は何を見るか
投資家が警戒するのは「左派だから」ではなく「急旋回と実務破綻」だ。閣外協力で制度の範囲内に収まるなら、リスクプレミアムは限定的になる。市場が嫌うのは予見可能性の喪失であり、段階的で透明なプロセスであれば吸収可能だ。
エネルギーも「停電」より先に来るのは系統増強・蓄電のコスト増だ。供給側の実装(住宅の施工人員、送電網、断熱資材)が需要側の政策に追いつくか。追いつかなければ、意図が善良でもコストは先に出る。
Reform UKという鏡
緑の党とReform UKは同じ不満の受け皿だが、怒りの方向が真逆だ。緑の党は「上」(富裕層)に向け、Reformは「外」(移民)に向ける。YouGovの2026年1月調査で、緑の党支持者のうち「移民対策」を最優先とした人は2%、Reform UK支持者では56%だった。どちらが「マシ」かは最大損失をどこに置くかで決まる。異なる種類の劇薬であり、一方が常に安全ということはない。
「普通の政党」になるという代償
最後の問いに戻ろう。緑の党は権力に近づくことで現実的な政党に脱皮できるのか。ドイツの先例は「できる」と示唆する。しかし代償は、支持者を熱狂させた急進的アイデンティティを手放すことだ。党員19万人の多くは「マイルドな環境政党」に入ったわけではない。
確からしいのは、「党首のアジテーション」と「政権としての決定」は別物だということだ。連立相手と官僚機構という安全装置が作動する以上、政策の暴走は一定程度抑制される。問題はむしろ、供給側の実装が需要側の政策に追いつくかという地味だが決定的な実務にある。理想が先行し、実装が遅れる。その時間差の中に混乱が生まれる。
コメント
コメントを投稿