ドル円200円の世界を考える

2025年末、ドル円相場は150円台後半にある。主要金融機関の2026年予測もおおむね140~155円の範囲に収まっており、内閣府の経済見通しも1ドル=155.2円を前提に置いている。200円という水準は、現状の延長線上にはまずない。

では、なぜ200円を考えるのか。

それは、為替レートという一つの変数を極端に動かしてみることで、日本経済がどこに脆さを抱え、どこに緩衝材を持っているのかが見えてくるからだ。「もしそうなったら何が起きるか」を辿ることで、現在地を俯瞰したい──そういう試みである。

まず、見かけのGDPに何が起きるか

名目GDPが円建てで変わらなくても、ドル換算すれば為替レート次第で数字は大きく変わる。当たり前の話だが、国際比較の場面ではこの「見かけ」が意味を持つ。

内閣府は2026年度の名目GDPを691.9兆円と見込んでいる。前提為替レートの155.2円で割ると、約4.46兆ドル。これはIMF(世界経済見通し、2025年10月版)が予測する2026年の日本のドル建てGDPとほぼ整合する。この水準だと、日本は米国(約31.8兆ドル)、中国(約20.7兆ドル)、ドイツ(約4.6兆ドル)、インド(約4.5兆ドル)に次ぐ世界5位あたりに位置する。4位のインドとはほぼ横並びだが、すでに逆転含みの関係にある。

ここで為替を200円に置き換えてみる。同じ691.9兆円を200で割ると、約3.46兆ドル。1兆ドル、つまり約25%の目減りである。

3.46兆ドルとはどのあたりか。IMFの2026年予測では、英国が約4.2兆ドル、フランスが約3.6兆ドルとされている。200円換算の日本はフランスのすぐ下に入り、世界7位前後まで後退する計算になる。インドとの差は1兆ドル以上に開く。

ただし、ここには重要な注意がある。この計算は「日本だけ為替レートを変えて、他国はIMF前提のまま」という部分均衡にすぎない。現実には、ドル円が200円に動くほどの事態が起きれば、他国の経済や為替にも何らかの影響が及ぶ。あくまで「機械的に置き換えたらこうなる」という目安として読んでほしい。

GDP順位が落ちると、何が変わるのか

「ドル換算GDPの順位なんて、国民生活には関係ない」──そう感じる人は多いだろう。実際、そのとおりだ。順位が一つ下がったからといって、翌日から食卓のおかずが減るわけではない。

しかし、国際社会は意外なほど「見かけ」に反応する。外交交渉や国際機関での発言力は、経済規模と無関係ではない。たとえばG7。日本はアジアで唯一のメンバーとして、この枠組みの中で独自の役割を担ってきた。G7参加の根拠はGDPだけではなく、自由・民主主義・法の支配といった価値観の共有、そして地政学的な立ち位置にもある。

とはいえ、経済規模で他のG7メンバーに明確に見劣りする状況が続いたら、どうだろう。「なぜ日本がここにいるのか」という問いが──たとえ公式には出なくても──背景で意識される場面は増えるかもしれない。G7から追い出されるという話ではない。議題設定力や資金拠出の余力、対外支援のスケール感といった面で、発言の重みが相対的に薄まるリスクのことだ。

そして国際経済の重心は、すでにG7からG20へと移りつつある。インド、ブラジル、インドネシア──こうした国々が存在感を高める中で、日本の「居場所」がどこに定まるのかは、為替レートとは別の、しかし無関係ではない問題として浮かび上がってくる。

200円に「なる」とは、どういうことか

ここまで「200円になったら」の結果を眺めてきた。しかし本当に考えるべきは、「なぜ200円になるのか」という経路のほうだ。同じ200円でも、そこに至る道筋によって、意味はまるで違う。

経路A:インフレと賃金が伴う円安

日本がデフレ的な均衡から完全に離脱し、物価と賃金がそろって上昇する世界を想像してみよう。名目GDP は円建てで膨らみ、企業収益も税収も名目で増える。海外資産の円換算額も押し上げられる。

この場合、円は200円に下がっても、円建てGDP自体が大きくなっているので、ドル換算の縮小は先ほどの機械的計算ほどは深刻にならない。生活面でも、賃金上昇が輸入物価の上昇をある程度吸収する。200円は「危機」ではなく「名目経済の拡大に通貨調整がついてきた結果」として解釈しうる。

要するに、すべての円安が同じように痛いわけではない。

経路B:賃金が追いつかない「悪い円安」

一方、交易条件が悪化し、エネルギーや食料の輸入コストが膨らむ一方で、賃金がそれに追いつかない──この経路では、話が根本的に変わる。

実質賃金が下がれば家計の消費は抑制される。企業もコスト増に苦しむ。経常収支が弱含めば円安がさらに円安を呼ぶ自己強化的なループに陥りかねない。金融引き締めをすれば景気を冷やし、緩和を続ければ円安が止まらない。政策当局にとっては、どちらに舵を切っても痛みが伴うトレードオフが先鋭化する。

多くの人が「円安が怖い」と感じるとき、頭にあるのはおそらくこちらの経路だろう。そしてこの経路こそが、GDP順位の低下という「見かけ」の問題を、「生活実感」の問題へと変換する装置になる。

経路C:信認ショック

最も急性的なのは、通貨そのものの信認が揺らぐケースだ。財政運営への疑義、政策の整合性への不信、あるいは地政学リスクの急激な高まり。こうした要因で資本が流出し、為替だけが先に飛ぶ。

この場合、GDP順位の低下より先に金融システムの方が症状を示す。長期金利の急騰、国債保有の含み損拡大、円資金調達コストの上昇。2022年に英国で起きた「トラス・ショック」を思い出す人もいるだろう。あの時、英国は年金基金の流動性危機にまで波及した。通貨の信認が崩れるとき、問題はGDPのドル換算値よりもはるかに手前で、はるかに深刻な形で現れる。

日本だけが持つ「緩衝材」──対外純資産という存在

ここで一つ、重要なピースを加えておきたい。日本の対外純資産の規模だ。

2024年末時点で、日本の対外純資産は533兆円(約3.7兆ドル)に達し、過去最高を更新した。34年間守り続けた「世界最大の対外債権国」の座はドイツに譲ったが、規模そのものは依然として巨大だ。これは何を意味するか。

円安になると、日本が海外に持つ資産──外国株、外国債券、海外子会社の資本──の円換算額が膨らむ。企業の連結決算では海外収益が円ベースで上振れし、投資家の外貨建てポートフォリオも円評価で増える。つまり、円安は「海外に資産を持つ人」にはプラスに、「輸入に頼る家計」にはマイナスに働く。

この非対称性は、「円安=国力低下」という単純な図式に対する重要な留保だ。実態としては、痛みと恩恵が国内で偏在する。企業部門と資産保有層には追い風が吹き、賃金生活者と食料・エネルギーの消費者には逆風が吹く。この構造を見落とすと、円安の影響を過大にも過小にも評価してしまう。

2030年──200円が「定着」した世界を覗いてみる

もし200円が一時的なショックではなく、数年にわたって定着したらどうなるか。ここからはさらに仮定の上に仮定を重ねる話になるが、思考実験としての射程を伸ばしてみよう。

インドは近年、実質6%台の成長を続けている。IMFの見通しやインド政府の推計によれば、2030年には名目GDPが6~7兆ドル超に達する可能性がある。一方、200円が定着した日本のドル換算GDPは──仮に円建てで年率2~3%の名目成長が続いたとしても──4兆ドルに届くかどうか。インドの半分程度ということになる。

ブラジルも2030年に3兆ドル規模に近づく見通しがあり、200円換算の日本に肉薄するシナリオは排除できない。

もちろん、新興国の成長予測は上にも下にもブレる。為替前提も5年先にはどうなっているかわからない。ただ、方向感としては、日本の相対的な経済規模が縮小していくトレンドは、円安が加速すれば加速するほど鮮明になる。

かつて世界2位だった経済が、2030年には7位か8位か──。数字だけ見れば衝撃的だが、冷静に分解すると、これは「日本が急に縮んだ」というよりも「他国が大きくなった」ことの反映でもある。そこに円安による「ドル換算の目減り」が上乗せされて、見かけの順位が加速度的に下がるという構図だ。

米国からの圧力──為替は外交カードになりうるか

200円に近い水準が現実味を帯びた場合、無視できないのが米国の反応だ。

歴史を振り返れば、米国は自国の製造業に不利な通貨安を容認しない傾向がある。1980年代のプラザ合意は、まさにそうした文脈から生まれた。現代において、米国が日本の円安を直接問題視するかどうかはケース・バイ・ケースだが、180円、190円と水準が切り上がれば、貿易不均衡や産業政策、同盟国の負担分担といった広い文脈の中で、為替がカードとして浮上する可能性は否定できない。

ただし、これはあくまで可能性の話であって、「200円になったら米国が怒る」と断言できるものではない。現代の日米経済関係は1980年代とは構造が違う。日本企業の対米直接投資は大きく、サプライチェーンも複雑に絡み合っている。為替水準だけを取り出して二国間交渉の焦点にするのは、以前ほど単純ではないだろう。

何が「本当の問題」なのか

ここまで辿ってきて、見えてくることがある。200円という数字そのものが問題なのではない。問題は、200円に至る「経路」と、そこで誰が痛みを引き受けるかの「分配」にある。

インフレと賃金上昇が伴い、名目経済が拡大する中での200円なら、ドル建てGDPの縮小は限定的で、生活への打撃も相対的に小さい。しかし、実質賃金が停滞したまま通貨だけが下がる200円は、家計を直撃し、国際的な存在感も実質的に削る。信認ショックによる200円は、GDP順位どころではなく、金融システムの安定性を試す事態になる。

そして、どの経路であっても共通するのは、円安の恩恵と痛みが国内で均等に分配されないという事実だ。海外資産を持つ主体にはプラス、輸入に依存する家計にはマイナス。この非対称性は、円安が進めば進むほど際立つ。

思考実験を閉じて──200円が教えてくれること

200円は来るのか。おそらく、メインシナリオとしては来ない。主要な金融機関の予測レンジからは大きく外れているし、日銀の利上げ継続や米国の利下げ観測が円高方向の力として働く局面も想定される。

しかし、200円を「ありえない」と切り捨てることと、「もし来たら何が起きるか」を考えておくことは、別の作業だ。後者の作業から得られるのは、以下のような問いかけだと思う。

日本経済は、円安がさらに進んだときに、名目成長でそれを吸収できる体力を持っているか。賃金は物価について行けるのか。輸入依存の構造は、どこまでリスクとして顕在化しうるのか。対外純資産という緩衝材は、誰のためにどう機能しているのか。国際社会における日本の存在感は、経済規模以外のどこに依拠しうるのか。

200円という数字は、こうした問いを照らし出すための極端な照明装置にすぎない。しかし、その光の下で浮かび上がる輪郭は、150円の世界にいる今の日本にとっても、すでに無関係ではないはずだ。

データ出所:IMF World Economic Outlook(2025年10月版)、内閣府「令和8年度政府経済見通し」(2025年12月)、財務省「本邦対外資産負債残高」(2024年末)

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