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その装甲(対外純資産と家計金融資産)は本当に強いのか?

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日本には、財政・通貨危機に対する「最後の耐久装甲」があると言われる。それは何か。 第一に、 厚い対外純資産 だ。2024年末時点で約533兆円、GDP比約84%。世界第2位の水準である。第二に、 家計金融資産 だ。2024年末で約2,230兆円、GDP比で350%を超える。この二つが、日本を英国のような先進国債務危機や新興国型の通貨危機から守っている、と。 だが、ここで本質的な疑問が湧く。 この装甲は、本当にそんなに強いのか? 問おう。 国内の投資家が円建て資産を売ったら、この装甲はなくなるのではないか? 答えから言えば、その通りだ。ただし、条件がある。この装甲は「無条件に強い」わけではないが、「条件付きでは依然として非常に強い」。そして、その条件とは、まさに「国内投資家がどう振る舞うか」に依存している。 以下、どこまでが本当の耐性で、どこからが脆弱性かを分解する。 対外純資産という外部バッファ まず、対外純資産から見よう。日本の対外純資産は世界第2位の水準だ(2024年にドイツに抜かれ1位から後退)。これは通貨・対外ショックに対する実質的な外部バッファとして機能する。 重要なのは、この資産の大部分が 民間部門 にあり、 外貨建て で保有されている点だ。円安局面では評価益が出て、外貨流動性も確保しやすい。対外債務の大半も自国通貨建てで、いわゆる通貨ミスマッチ(外貨建て債務を抱えながら外貨収入がない状態)は小さい。 ここまでは、理論上も実証上も「強い」。トルコやアルゼンチンのような新興国型通貨危機とは、構造が根本的に異なる。 家計金融資産という国内吸収力 次に、家計金融資産について。約2,200兆円超という規模は、世界でも例外的だ。この意味は二つある。 第一に、 国債の安定消化基盤 。政府債務がGDP比で大きくても、その多くが国内家計・金融機関によって円建てで保有されている限り、外貨危機や突然の資本逃避は起きにくい。これは英国(2022年のトラス・ショック)や新興国との決定的な違いだ。 第二に、危機時の 「最後の国内吸収力」 。為替・財政・金融ショックが起きても、最終的には国内バランスシート内で再配分が可能。これは国家としての非常に大きな構造的強みである。 では、問いの核心に戻ろう。...

Brexit.xlsm ~「最終セルの直書き」からの循環参照・計算不能~

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Brexit型国民投票は制度設計上のバグか? このコラムの読了目安は10分ほどです。内容は(しつこく)ブレグジットです。国民投票について考えると、#VALUE! や循環参照 が頭に浮かぶのです。そうした違和感を『Brexit.xlsm』として出力した批評的な読み物です。お時間のある方は、「なぜBrexitで英国がこれほどグダグダになったのか」英国ワールドを覗いていってください。 国民投票のバグ 2016年のBrexit国民投票から、すでにかなりの時間がたった。それでもロンドンで政治の話題になると、「あの国民投票は結局なんだったのか」という問いが、いまでもふっと顔を出す場面は少なくない。とりわけ印象的なのは、当の本人であるDavid Cameron自身が、のちにBrexitを “a mistake” と評し、さらに “we have taken the wrong course” と「誤った道を選んだ」と振り返っている点だ。 ただし、そこでは結果への評価は語られても、民意が確定したその後に、制度設計そのもののどこに問題があったのかまでは、具体的に掘り下げられることは少ない。そのため、「では何がどこで間違っていたのか」という中身になると、議論は途端にぼやけてしまう。 公の場では、「国民の意思が直接示された」と整理する他ない。一方で、その後に続いた長い交渉と混乱を振り返ると、実態としては「そもそもあの問い方や設計そのものに、どこか構造的な欠陥があったのではないか」という感覚を抱く人も多い。まずは、そのとき有権者の考えがどのように揺れ動いていたのかを、簡単に振り返ってみたい。 (図:Brexit世論調査の推移) グラフを見ると分かるように、Brexitをめぐる世論は投票前後で一方向に固まっていたわけではない。むしろ、Leaveが優勢になった期間はむしろ短く、その「ごく短い瞬間のスナップショット」が、二者択一の仕組みのなかでそのまま永続的な結論として固定された、という構図が浮かび上がる。 これは...

ファンダメンタルズから乖離という言い訳

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本稿は実証分析ではなく、市場における言葉の働きとその解釈のズレを題材にしたコラムです。事実関係の整理には配慮していますが、あくまで思想的・批評的な読み物としてお読みください。 市場文学 通貨売り局面で、政府が「現在の為替レートはファンダメンタルズと乖離している」と言い始めた時、 それは本当に市場の行き過ぎを正すシグナルになっているのか。それとも、政策当局が 現実を直視することをやめたサインなのか。 本稿では、いくつかの歴史的事例を振り返りながら、「乖離」というフレーミングがどのように受け止められてきたのか、またその言葉が用いられた局面で市場がどのような反応を示してきたのかを、整理していく。 1. 「ファンダメンタルズと乖離している」とはどんな言い訳か 通貨危機局面でよく聞かれるフレーズに、 「現在の為替レートはファンダメンタルズと乖離している」 というものがある。一見もっともらしいが、この言い方にはいくつかの前提が埋め込まれている。 為替レートには「本来あるべき水準」がどこかに存在する。 その水準は政府や当局が把握しており、現在の市場価格はそれから外れている。 したがって、現在のレートは「市場の誤り」や「投機の行き過ぎ」であり、我々の政策の問題ではない。 しかし、実際の為替レートは次のような複数の要因の総合結果として決まっている。 金利差や期待インフレ 経常収支・対外純資産 対外・対内投資フロー、ポジション構造 財政の持続可能性や政治リスク 信用スプレッド、金融システムへの信認 短期的な需給・フロー(HF、CTA、機関投資家など) これらをすべて織り込んだ結果として「いまのレート」が出ている以上、 当局が気に入ろうと気に入るまいと、それは一種の均衡点である。 にもかかわらず、「乖離」という一言で片付けてしまうと、その背後にある 金利政策・財政運営・資本フロー構造などの議論が一気に消えてしまう。 ...

仏国債格下げで目が覚めたブレグジット島~こんにちは現実、格下げされたのはロンドナーのボーナスでした~

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序論 本稿は、@ActiveIndexさん企画の「金融系 Advent Calendar 2025 - Adventar」への投稿である。年末企画として、欧州、特にロンドン金融の視点から、2025年時点でのブレグジットの立ち位置を改めて振り返りたい。 「今さらブレグジット?」と思う方もいるかもしれない。しかしご存じの通り、ブレグジットは交渉過程そのものが長期にわたったように、金融環境への影響も時間差を伴って現れる。確かにブレグジット後もロンドンの金融街は健在であり、活動規模こそやや縮小したものの、依然として各国銀行の現地法人が集積している。そのため「結局、たいした影響はなかったのでは」と感じている人も少なくないだろう。 だが、フランス国債の格下げを契機に、実はこれまで見過ごされてきた構造的な歪みが表面化し始めている。いまになって、「こんなはずではなかった」という現実が、露わになりつつある。 2025年10月、主要格付機関によるフランス国債の格下げは、流動性規制における高品質流動資産(HQLA)の扱いを再び焦点化させた。この問題は、ブレグジット後の在英銀行にとって特に重要である。なぜなら、EU離脱によって英国は独自の流動性規制体制へ移行し、EU加盟国国債の取り扱いが大きく変化したためである。 本稿では、ブレグジット後の英流動性環境の進化を概観し、CRD VIの第21c条による越境業務規制の導入と合わせて、英銀 のバランスシート、流動性管理、EUアクセスに及ぼす影響を考える。 HQLAの分断化 ブレグジット以前、英国はEU資本要件規則(CRR:Regulation (EU) No 575/2013)の適用下にあり、EU加盟国の発行する全ての国債は信用格付にかかわらず自動的にレベル1HQLAとして認定されていた。 離脱後、英国はCRRを国内法に移管(UK CRR)したものの、適格性基準を修正した。 参照: http://www.legislation.gov.uk/id/eur/2013/575 ...

「通貨介入」は円安を止めれるのか?~数字上の制約~

為替介入の物理的制約 円安介入の限界と構造的要因 2025年11月、円相場は再び1ドル157円台という危険水域に突入している。 片山さつき財務大臣は「介入も当然考えられる」と市場を牽制したが、相場の反応は限定的である。 介入には構造的な限界があることを、市場がすでに織り込んでいるためだとも言える。 以下、為替介入が構造的に抱える制約を考察する。 1. 規模の限界:コップの水 vs 大河の流れ 為替介入を論じる際、まず直視すべきは市場規模と介入原資の圧倒的な非対称性である。 市場の規模 国際決済銀行(BIS)の2022年調査によれば、世界の外国為替市場の1日あたりの平均取引高は約7.5兆ドル(約1,150兆円)に達する。 このうち円が関与する取引は約1.25兆ドル/日(約190兆円/日)である。 日本の「弾薬」 一方、日本が介入に使える外貨準備高は、2024年10月末時点で約1兆2,390億ドル(約190兆円)である。 一見すると巨額だが、その内訳は以下の通りだ。 証券(米国債等):約9,211億ドル(74.4%) 預金(現金):約1,593億ドル(12.9%) その他(金・SDR等):残り 財務省:外貨準備等の状況 即座に介入原資として活用可能なのは、原則として「預金」の約1,593億ドル(約25兆円)である。 証券については、2022年および2024年の介入時に米国債を売却してドルを調達した実績があるが、 大規模な売却は米国債市場への影響や米国との政治的関係を考慮せざるを得ない。 数字が示す現実 過去最大級の介入である2024年4〜5月の円買い介入は、約9.8兆円(約650億ドル)であった。 これを円市場の1日分の取引量(約1.25兆ドル)と比較すると、わずか5%程度にすぎない。 巨大な市場の奔流に対して、日本が投入できる資金は「バケツ数杯の水」程度である。 一時的な攪乱にはなっても、水流の逆転には至らない──これが現実である。 2. 持続性の課題:「弾切れ」と市場の読み 円買い介入には、円売り介入とは決定的に異なる制約がある。 円売り介入との非対称性 過去(2011年など)の「円売り・ドル買い介入」は、日本銀行が...

フルタイムは1日8時間と誰が決めたの

「1日8時間労働」は、人間の体にとって自然な正解でもなく、 誰かが科学的に決めたものでもありません。19〜20世紀の政治的・社会的な 妥協の結果として、たまたま世界の標準っぽくなった数字に過ぎず、 人類史全体で見るとごく最近生まれた例外的な働き方です。 1. 人類史スケールで見ると「8時間」はごく最近 ざっくりとしたイメージは次の通りです。 狩猟採集社会: 人類学者マーシャル・サーリンズらの研究によれば、週15〜30時間(1日3〜6時間程度)の 食料採取活動とされる。ただし「労働」の定義(道具作りや移動を含むか)によって 推定値は変わり、より長時間とする近年の研究もある。 農耕社会〜前近代: 中世ヨーロッパの農民を例にとれば、農繁期は日の出から日の入りまで 長時間働く日もある一方、年間150日前後の祝祭日や農閑期があり、 年間の総労働時間は季節や地域によるばらつきがかなり大きい。 産業革命直後: 19世紀初頭の英国では、工場労働で週60〜70時間、1日12〜16時間労働が珍しくなく、 子供を含めて過酷な長時間労働が常態化した。 その後100〜150年かけて各国で労働時間規制が整備され、 現在のOECD諸国では年間労働時間が1300〜2000時間程度の水準にまで短縮されてきた (例:ドイツ約1,340時間、韓国約1,900時間)。 つまり「8時間×5日=40時間/週」という感覚そのものが、 ここ150年くらいの産業化と労働運動の産物であり、それ以前の長い人類史とは かなり違う働き方だと言えます。 2. 「8時間」という数字を言い出した人たち 19世紀初頭、英国スコットランドの実業家ロバート・オーウェンが、 ...

消費されるサッチャリズム~サナエノミクスとの相違~

高市氏がサッチャーへの敬意を明確に示したのは、自民党総裁選の討論会やテレビ出演での発言が代表的だ。とりわけ2021年総裁選では、記者から指導者像を問われた際に「サッチャー首相のように、必要な改革を恐れず実行したい」と述べ、硬直した政策構造を変える強い意思を重ね合わせる形で引き合いに出した。この発言は、改革派としての自らを印象付ける場面で繰り返し用いられ、サッチャー像は「妥協せず進むリーダーシップ」という文脈で語られてきた。こうした構図は実は英国でもよく見られる。2016年に就任したメイ氏の時も、メディアは「第二のサッチャー誕生か」と報じ、特にEU離脱交渉のタフな姿勢が重ねられた。2022年に就任したトラス氏の時も、就任直後の党大会やメディア出演で「サッチャーを意識しているのではないか」という論評が繰り返され、トラス氏自身も若い頃にサッチャーに憧れていたと語ったエピソードが紹介された。英国では女性首相が誕生する度に、ある種の儀式のようにサッチャー像が参照され、その比較は政治報道の定番となっている。 しかし、こうした象徴的な参照が政策内容と整合的とは限らない。サナエノミクスの政策パッケージを落ち着いて見れば、財政規律と供給側改革を基軸に据えたサッチャリズムとは真逆に映る。ではなぜ、強いリーダー像としてのサッチャーに言及しながら、政策は異なる方向性を取るのか。本稿はこの素朴な疑問を出発点に、四つの政策軸に沿って両者の違いを整理し、その背景にある時代状況と政策思想の構図を整理する。 問題設定 サナエノミクスはサッチャーへの尊敬を表明する一方で、掲げる政策パッケージは サッチャリズムの中核(財政規律・小さな政府・供給側改革)と逆方向に位置する。 具体的相違点(四つの政策軸) 政策軸 サッチャリズム サナエノミクス 相違の性質 財政運営 所得税・法人税減税+付加価値税増税。社会保障費削減により財政規律を重視。減税の前提として支出削減を実施。 所得税減税+歳出拡大。防衛、子育て、科学技術などへの恒常的支出増を同時に掲げる(「緊急時限定」との説明と矛盾)。 縮小 vs 拡張 政府の役割 ...

英秋季予算演説:「Bank Surcharge」と「Bank Levy」、銀行課税の潮流

⚠️ 本記事は2025年11月26日の秋季予算発表前の分析です。 各種報道・シンクタンクの予測を基に、銀行課税の現状と見通しを整理しています。 英国における銀行課税の制度は、単なる税率操作ではなく、金融危機、規制改革、国際金融センターとしての競争力維持といった政策課題を背景に形成されてきた歴史的産物である。特に2008年の世界金融危機以降、銀行セクターが公的支援の潜在的恩恵を受けていることへの政治的・社会的議論が高まり、その結果として、利益に対する付加税とバランスシート規模に応じた課徴金という二本柱の課税体系が整備された。 2011年に導入されたBank Levy は、銀行の負債・資本構造を対象とし、大型行に対して恒常的な「規模コスト」を課す設計となった。また、2015年に導入されたBank Surcharge は、銀行利益への上乗せ課税として位置付けられ、利益水準の高い銀行が追加的な税負担を負う仕組みとして動き始めた。この二重構造は、「銀行の収益能力」に対する課税と「銀行規模・リスク」に対する課税を切り分けつつ並行して運用するという英国独自の政策思想を反映している。 本稿では、これらの制度の形成過程、政策的狙い、税率や適用範囲の変遷、そして現在の財政方針との整合性を整理し、英国における銀行課税の歴史的文脈を概観することとする。 はじめに:なぜ「Bank Surcharge」と「Bank Levy」は分かれているのか 英国の銀行課税は、利益に課される「bank surcharge(銀行付加税)」と、バランスシート残高に基づく「bank levy(銀行課徴金)」の二本立てで構成されている。両者は似ているようで目的がまったく異なる。 まず bank surcharge は、法人税(corporation tax)に上乗せされる追加課税であり、銀行の利益が大きく増えた局面で、その超過利益からより多く税収を得るために設計された。いわば「利益ベースの追加税」である。 一方...

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ロンドン4時、ロンフィク、WMR~為替市場の根幹なのに理解されていないフィキシングの実態~