英秋季予算演説:「Bank Surcharge」と「Bank Levy」、銀行課税の潮流
⚠️ 本記事は2025年11月26日の秋季予算発表前の分析です。
各種報道・シンクタンクの予測を基に、銀行課税の現状と見通しを整理しています。
英国における銀行課税の制度は、単なる税率操作ではなく、金融危機、規制改革、国際金融センターとしての競争力維持といった政策課題を背景に形成されてきた歴史的産物である。特に2008年の世界金融危機以降、銀行セクターが公的支援の潜在的恩恵を受けていることへの政治的・社会的議論が高まり、その結果として、利益に対する付加税とバランスシート規模に応じた課徴金という二本柱の課税体系が整備された。 2011年に導入されたBank Levy は、銀行の負債・資本構造を対象とし、大型行に対して恒常的な「規模コスト」を課す設計となった。また、2015年に導入されたBank Surcharge は、銀行利益への上乗せ課税として位置付けられ、利益水準の高い銀行が追加的な税負担を負う仕組みとして動き始めた。この二重構造は、「銀行の収益能力」に対する課税と「銀行規模・リスク」に対する課税を切り分けつつ並行して運用するという英国独自の政策思想を反映している。 本稿では、これらの制度の形成過程、政策的狙い、税率や適用範囲の変遷、そして現在の財政方針との整合性を整理し、英国における銀行課税の歴史的文脈を概観することとする。
はじめに:なぜ「Bank Surcharge」と「Bank Levy」は分かれているのか
英国の銀行課税は、利益に課される「bank surcharge(銀行付加税)」と、バランスシート残高に基づく「bank levy(銀行課徴金)」の二本立てで構成されている。両者は似ているようで目的がまったく異なる。
まず bank surcharge は、法人税(corporation tax)に上乗せされる追加課税であり、銀行の利益が大きく増えた局面で、その超過利益からより多く税収を得るために設計された。いわば「利益ベースの追加税」である。
一方、bank levy は2011年に導入された「残高ベース課税」で、バランスシートの負債(とくに短期・卸資金調達)に一定率をかけて徴収される。金融危機後の反省から、過度なレバレッジや短期資金依存を抑制する目的で設計されたもので、利益の大小にかかわらず「規模」に応じて安定的に税収を確保できる仕組みになっている。
つまり、bank surcharge は「もうけ」に対する課税であり、bank levy は「構造的リスク」に対する課税と位置づけられる。この二重構造が、英国の銀行課税を特徴づけている。
📊 予算発表前の主要見通し
Financial Times、KPMG、BDOなど主要機関の報道を総合すると、今回の予算では銀行セクターへの大幅増税は見送られる公算が大きい。Rachel Reeves財務相は最近のMansion House演説で「金融サービスを政府の成長戦略の中心に据える」と表明し、国際競争力維持を重視する姿勢を示している。
ただし、政府は£20〜30億ポンドの財政不足に直面しており、広範な増税パッケージは不可避とみられる。個人所得税、資産課税、相続税など他分野での増税が検討対象となっており、これらが銀行の貸出需要や資産健全性に二次的影響を及ぼす可能性がある。
- 銀行個別増税は回避方向:surcharge/levyの即時引上げは見送られる見込みだが、将来的な選択肢として温存されている
- 競争力重視のスタンス:国際金融センターとしての地位維持と経済成長を優先
- 間接的影響に注意:家計・資産課税の強化が実現した場合、銀行収益・与信・信用コストへの波及効果を注視する必要がある
- 両税の合算税収:surchargeとlevyで年間約£25億ポンドの税収が見込まれている
現行枠組み
| 項目 | 概要 | 現行税率 | 政策目的 |
|---|---|---|---|
| Corporation tax | 一般法人税 | 25% | 一般的な税収確保 |
| Bank surcharge | 銀行の利益に上乗せされる付加税(法人税と合算で28%) | 3% (2023年4月に8%から引下げ) |
金融危機後の収益回復局面における追加負担 |
| Bank levy | 銀行バランスシートの負債に課される課徴金 | 短期:0.10% 長期:0.05% (2021年以降) |
金融安定コストの内部化・レバレッジ抑制・短期資金調達への依存抑制 |
検討されている論点
1. 銀行課税の引上げ案(見送り濃厚)
Bank surchargeの引上げ:
- TUC(英国労働組合会議)は3%から8%への復元を提案(4年間で£80億ポンドの増収見込み)
- IPPRは16%への引上げを提案(4年間で£200億ポンドの増収見込み)
- しかし、財務相は国際競争力への懸念から慎重な姿勢
Bank levyの調整:
- 2015年以降段階的に引下げられてきた経緯があり、さらなる引上げは困難
- 英国籍銀行の海外活動は2017年以降課税対象外となっている
新たなQE準備金課税の提案:
- IPPRがBank of Englandに預けられている商業銀行の準備金に対する利子への課税を提案
- 最大£33億ポンドの増収が見込まれるとの試算
- 技術的な複雑さと市場への影響から、導入は不透明
2. 予算での優先事項
- 競争力維持:ロンドンの国際金融センターとしての地位を守る
- 経済成長促進:銀行の投資・与信機能を阻害しない
- 財政規律:2029-30年度までに公的債務のGDP比を低下させる
- 「働く人々」への配慮:所得税・NI・VATの大幅引上げは回避(マニフェスト公約)
3. 他分野での増税観測
銀行課税以外で検討されている主な増税項目:
- 所得税・NI控除額の凍結延長(2028年4月以降)
- キャピタルゲイン税の引上げ(2024年秋予算で18%/24%に引上げ済み、さらなる調整の可能性)
- 相続税の強化(農地・年金への課税拡大など)
- 年金税制優遇の縮小
- 資産・不動産関連課税の強化
銀行への含意
短期的影響
- 税率上振れリスクの後退により、収益見通しの不確実性が低下
- 株価への直接的な下押し圧力は限定的
- 資本計画・配当政策の安定性が向上
中期的影響
- 政府から「見返り」としての期待が高まる可能性(国内貸出増加、中小企業支援、地域投資など)
- surcharge/levyの将来的引上げリスクは残存
- 規制環境の変化(prudential規制と税制の相互作用)への対応
間接的影響
- 家計向け増税が実現した場合、可処分所得の減少を通じて貸出需要が鈍化
- 資産価格への影響(不動産・株式)が担保価値や信用コストに波及
- インフレ率3.8%、Bank Rate 4%の環境下での利鞘管理
国際比較の視点
英国の銀行実効税率28%(法人税25% + surcharge 3%)は、主要国と比較して以下のような位置づけとなる:
- 米国:連邦法人税21% + 州税(合計25-30%程度)
- フランス:法人税25% + 追加課税(大手銀行で実効30%超)
- ドイツ:法人税15% + 連帯付加税等(実効30%程度)
この比較から、英国の銀行税率は国際的に見て中程度の水準にあり、大幅引上げの余地は限定的との見方が支配的である。
現時点のまとめ
2025年11月26日の秋季予算では、銀行個別への大幅増税(surcharge/levy引上げ)は見送られる公算が高い。これは、Rachel Reeves財務相が国際競争力維持と経済成長を優先する姿勢を明確にしているためである。
ただし、政府は依然として£20〜30億ポンドの財政不足に直面しており、個人所得税、資産課税、相続税など他分野での増税は不可避とみられる。これらの措置が銀行の貸出環境や資産健全性に及ぼす二次的影響については、引き続き注視が必要である。
中長期的には、銀行課税の引上げ余地は政策オプションとして温存されており、財政状況や政治環境の変化次第では再び俎上に載る可能性がある。英国金融セクターの競争力維持と財政健全化のバランスをどう図るかが、今後の重要な政策課題となる。
余談:秋季予算演説と「お酒OK」の慣習
英国の「秋季予算演説(Autumn Statement)」とは、政府の財政方針と経済見通しを議会に示す年次の公式イベントで、通常は財務大臣(Chancellor of the Exchequer)が下院で行う演説を指す。2016年までは春の「Budget(予算)」が新年度の政策・歳入歳出計画の発表で、秋季予算はその年の経済・財政の進捗を踏まえて中間修正や減税・増税方針の見直しを行う場であったが、現在のAutumn Budgetは新年度の主要な歳入歳出計画と税制変更を発表する場となり「Spring Statement」(春季ステートメント)が補足的な経済報告として運営されている。 演説では、経済成長率、インフレ、賃金動向、公共投資、税制変更(例えば法人税率やBank Surchargeの見直しなど)が発表され、英国経済の「方向づけ」をする政治的・象徴的な場として注目される。内容は同時に財務省(HM Treasury)と独立機関OBR(Office for Budget Responsibility)の報告書に反映される。 ちなみに、財務大臣は演説の最中に「お酒を飲むことが許されている唯一の閣僚」として知られる。これは19世紀から続く議会の伝統で、実際にウイスキーやシェリーを少し口にする大臣もいるが、近年は水を飲むことが多い。形式的には「許されている」だけであり、強制ではない。
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