英中銀オペ(SMF, DWF, ILTR, CTRF):設計思想と運用の実際

ある英国の銀行では、前日まで何事もなく資金調達が続いていたのに、翌朝になると市場が突然静まり返り、誰も貸してくれない状態に陥ったことがある。中銀支援の報道が出ると、支店には長い列ができ、ATMの前には重い空気が漂った。これは2007年のNorthern Rockの出来事であり、数字上は深刻な兆候が少なかったにもかかわらず、短期市場が止まった瞬間に一気に流動性を失った事例である。 この出来事は、銀行の流動性が保有量だけでは測れず、「市場が続くかどうか」という条件に強く依存することを示している。実際には、2020年の現金争奪戦、2022年のギルト市場の機能不全、2023年のSNSをきっかけとした預金流出など、同様の構図が繰り返されている。LCRが高くても、HQLAが豊富でも、市場ストレスや顧客行動は計算式より速く動く。 ゆえに、中央銀行がどのような枠組みで流動性を支え、危機時にどのようなファシリティを動員するのかを理解することは重要である。それぞれの制度には固有の目的や背景があり、実務では担保やアクセス条件によって使い勝手が大きく変わる。本稿では、英中銀の主要な流動性供給ファシリティ(SMF, OSF, DWF, ILTR, CTRF)について、その歴史、設計思想、実際の運用を整理する。

🔥 制度設計の歴史的背景:2007-08年金融危機の教訓

Northern Rock危機とスティグマ問題

現在のSterling Monetary Framework(SMF)は、2007-08年金融危機での痛みから生まれた制度である。2007年9月、BBCがNorthern Rockが中央銀行の緊急支援を受けたことを報道すると、150年ぶりの取り付け騒ぎが発生した。この事件により、中央銀行の流動性供給制度における「スティグマ問題」が顕在化した。

スティグマ問題とは

中央銀行の緊急貸出を利用すると、市場参加者がその銀行の財務状況が悪いと推測し、借入銀行の評判が傷つく現象である。その結果:

  • 支援の遅れ:銀行が支援を受けるのを躊躇し、資産の投げ売りなどコストの高い代替手段を使用する
  • 危機時の機能不全:最も必要な時に流動性供給制度が機能しない
  • システミックリスク:個別銀行の問題が金融システム全体に波及する

Winters Review(2012年)と制度改革

2012年10月に公表されたWinters Reviewは、SMF改革の進捗を評価し、「スティグマなき流動性供給」と「市場規律の維持」を両立させる精緻な制度設計の必要性を提言した。これを受けて、Bank of Englandは2006年に2つしかなかったファシリティを、2018年までに大幅に拡充したSMFへと発展させた。

Sterling Monetary Frameworkの全体像

イングランド銀行(Bank of England, BoE)の流動性供給枠組みは、Sterling Monetary Framework(SMF)として体系化されている。この枠組みは、2008年の世界金融危機を経て抜本的に再設計され、現在では金融政策の実施と金融安定目標の双方を支える中核的インフラとなっている。

SMFの基本設計思想は、「平時の金融政策実施」と「危機時の流動性保険」という二つの機能を明確に分離し、それぞれに適したオペレーション手段を用意する点にある。これは米連邦準備制度のように単一の割引窓口(Discount Window)で両機能を兼ねる設計とは対照的であり、英国独自の政策哲学を反映している。

具体的には、SMFは以下の階層構造を持つ:

【第一層:金融政策実施のためのオペレーション】

  • Operational Standing Facilities(OSF):オーバーナイトの資金過不足調整
  • Short-Term Repo(STR):定例の短期レポオペ
  • Indexed Long-Term Repo(ILTR):6ヶ月物の長期レポオペ

【第二層:流動性保険(Liquidity Insurance)】

  • Discount Window Facility(DWF):個別行向けオンデマンド型ファシリティ
  • Contingent Term Repo Facility(CTRF):市場全体のストレス時に発動される臨時レポ

【第三層:危機対応型の特別措置】

  • Temporary Expanded Collateral Repo Facility(TECRF, 2022年導入)
  • Emergency Liquidity Assistance(ELA):個別行の破綻懸念時の最終貸し手機能

この階層構造の背景には、「スティグマ(利用をためらう心理)の最小化」と「モラルハザードの抑制」という、一見相反する二つの目標を同時に達成しようとする設計思想がある。平時のオペレーションは低コストで利用しやすくする一方、流動性保険機能には適度なペナルティ料金を課すことで、銀行に自己保険のインセンティブを持たせつつ、真に必要な局面では躊躇なく利用できる環境を整える、という絶妙なバランスが追求されている。

平時の流動性供給―STRとILTRの役割

2022年以降のBoEの金融政策実施モデルは、量的緩和(QE)による準備預金供給から、レポオペレーションによる「デマンド・ドリブン」な準備預金供給への移行期にある。この移行を支える中核が、Short-Term Repo(STR)とIndexed Long-Term Repo(ILTR)である。

Short-Term Repo(STR)の設計思想

STRは2022年9月に導入された定例オペレーションで、毎週木曜日に実施される。その最大の特徴は、「無制限供給(unlimited quantity)」と「Bank Rate(政策金利)での固定価格供給」という組み合わせにある。これは、短期金融市場の金利がBank Rateを大きく上回ることを防ぎ、金融政策のトランスミッション・メカニズムを確実に機能させることを目的としている。

担保はLevel A(高品質ソブリン債等)に限定され、流動性アップグレード機能は持たない。つまり、STRは「金融政策の実施」という第一層の機能に純化されており、流動性保険の色彩は持たない。Prudential Regulation Authority(PRA)は2022年に声明を発出し、STRの利用が銀行の健全性評価において中立的であること、すなわち利用しても監督上の懸念を引き起こさないことを明確化した。これはスティグマ対策の一環である。

Indexed Long-Term Repo(ILTR)の二重の性格

ILTRは毎週火曜日に実施される6ヶ月物のレポオペで、競争入札方式を採用している。ILTRの特徴は、SMFのLevel A、B、Cすべての担保を受け入れる点にある。つまり、ILTRは「平時の準備預金供給」(第一層)と「流動性保険」(第二層)の両方の性格を併せ持つハイブリッド型ファシリティとして機能している。

Level Aは高品質ソブリン債、Level Bは通常時に流動性があると想定される社債・証券化商品、Level Cはより流動性の低い証券化商品やローン・ポートフォリオを指す。この担保階層設計により、銀行は自らのバランスシートの状況に応じて、より流動性の低い資産を担保に差し入れることで中銀準備預金という最高品質の流動資産を入手できる「流動性アップグレード」機能を利用できる。

ILTRの料金体系は、担保の種類に応じた「流動性アップグレード・プレミアム」を反映している。つまり、Level Cのような流動性の低い担保を用いる場合は、より高いスプレッドが課される。この価格差別により、BoEは銀行に対し自己保険のインセンティブを保ちながらも、必要な局面では柔軟に流動性にアクセスできる環境を提供している。

BoEは2025年6月の市場通知で、ILTRが今後の準備預金供給において「ますます中心的な役割(increasingly central role)」を果たすと宣言している。これは、QEの巻き戻しが進む中で、ILTRが銀行システム全体の流動性供給の主要チャネルになることを意味する。

流動性保険ファシリティ―DWFとCTRFの設計原理

Discount Window Facility(DWF)の設計思想

DWFは、2008年10月に導入された二者間(bilateral)のオンデマンド型流動性ファシリティである。その設計は、2007年のBarclays銀行によるBoE借入がメディアで大きく報道され、スティグマ問題が顕在化したことを受けた、抜本的な改革の産物である。

DWFの最大の特徴は、以下の点にある:

第一に、「個別行の特異な流動性ニーズに対応する(institution-specific stress)」ことを明示的に目的としている。これにより、日常的な支払システムの摩擦に対応するOSFとは明確に機能分離されている。

第二に、通常時はギルト(英国国債)を貸し付け、例外的状況下でのみ現金を供給する。これは、「流動性アップグレード」というBoEの流動性保険の基本哲学―銀行が保有する流動性の低い資産を担保に、最も流動性の高い資産(ギルト or 中銀準備預金)を供給する―を体現している。

第三に、担保として、SMFのLevel A、B、Cすべてを受け入れ、さらにローン・ポートフォリオなどの非証券化資産も適格とする。これにより、銀行は自らのバランスシート構成に応じて、柔軟に流動性を調達できる。

第四に、期間は通常30日間だが、ロール可能(rollable)である。これは、一時的な流動性ショックに対応するという設計思想を反映している。

第五に、料金体系は、「通常時は市場レートよりも割高だが、ストレス時には相対的に魅力的になる」ように設計されている。具体的には、担保の種類と借入額に応じた累進的な料金体系を採用している。これにより、銀行に対し平時は自己保険を促しつつ、危機時には利用を促進するインセンティブ構造を作り出している。

第六に、利用状況の公表は、5四半期遅れで、かつカウンターパーティ全体を集計した形で行われる。つまり、「2024年第1四半期の利用状況は、2025年第2四半期の最初の火曜日に公表される」という具合である。この大幅なタイムラグと匿名性により、DWF利用が市場に「弱さのシグナル」として受け取られることを防いでいる。

しかし、DWFにはスティグマ問題が完全には解消されていないことが、複数のレビューで指摘されている。2012年のWinters Reportは、「DWFは依然として最後の手段として認識されており、銀行は利用を躊躇する傾向がある」と結論づけている。2016年のIMFによるSMFレビューでも、「DWFは通常の流動性計画に組み込まれておらず、銀行は極端な状況を除き利用したがらない」との市場参加者の声が紹介されている。

これに対し、BoEとPRAは、2021年に共同で監督指針を明確化した。具体的には、「限定的な流動性ショックに対しては、銀行はまずHQLA(高品質流動資産)を使うことが適切だが、より大規模または深刻な流動性流出に対しては、DWFや他の流動性保険ファシリティを、HQLAの大部分を消費した後ではなく、並行して(alongside)使うことをBoEは期待する」と明記した。これは、「DWFは最後の手段ではない」というメッセージを強く発信するものであった。

さらに、PRAは銀行に対し、リカバリー・プランの中でDWFの利用を想定し、適格資産の分析と事前のコラテラル・プリポジショニング(担保の事前差し入れ)を行うことを求めている。2012年時点で既に、2,650億ポンド相当の担保がDWF向けにプリポジションされており、適切なヘアカットを適用すれば約1,600億ポンドの借入余力があるとBoEは説明している。これは英国銀行システム全体のHQLA保有額と比較しても相当な規模であり、「戦時備蓄(war chest)」と表現されている。

Contingent Term Repo Facility(CTRF)の発動主義

CTRFは、2014年に導入された「発動型(contingent)」の流動性ファシリティである。その最大の特徴は、平時には存在せず、BoEが「市場全体のストレス」を認識した時点で初めて発動される点にある。これは、DWFが常設型(standing)であるのと対照的である。

CTRFの設計思想は、「時機、期間、価格のすべてをBoEが裁量で決定できる最大限の柔軟性」を確保することにある。発動時の条件は、以下のように規定されている:

  • 担保:SMFのLevel A、B、Cすべて
  • 価格:BoEが市況を勘案して決定(通常はBank Rate + スプレッド)
  • 期間:3ヶ月が標準だが、状況に応じて調整可能
  • 規模:無制限(unlimited)
  • 配分:固定価格での全額配分(fixed price, full allotment)

CTRFの実際の発動例は、2020年3月のCOVID-19危機である。2020年3月24日、BoEは「過去数週間にグローバル及び国内のマネーマーケットで観察されている摩擦を緩和する」ことを目的にCTRFを発動した。条件は、3ヶ月物、Bank Rate + 15bp、SMFのすべての担保を受け入れ、という極めて緩和的なものであった。CTRFは2020年6月まで継続され、その後終了した。

CTRFとDWFの機能分担は、以下のように整理できる:

  • DWFは「個別行の特異な流動性ニーズ」に対応する常設型ファシリティ
  • CTRFは「市場全体の流動性ストレス」に対応する発動型ファシリティ

この区分により、BoEは銀行に対し、個別行固有の問題にはDWFを、市場全体の問題にはCTRFを使うよう誘導している。理論上、市場全体の問題に起因する流動性ニーズに対してCTRFが発動されれば、個別行がDWFを使うことのスティグマは相対的に低減される。なぜなら、「市場全体の問題」であることが明白だからである。

2022年ギルト危機と特別措置―TECRFの設計と運用

危機の経緯と政策対応

2022年9月23日、当時のトラス政権が発表したいわゆる「ミニ・バジェット」は、大規模な減税と財政支出拡大を含む成長戦略を打ち出した。しかし、そのファイナンス計画の不透明さから、市場は財政持続可能性への懸念を強め、ギルト(英国国債)が急落、利回りは急騰した。特に、30年物ギルト利回りは、わずか3日間で1.6%以上上昇するという異例の事態となった。

この金利急騰は、英国の確定給付型(Defined Benefit, DB)年金基金の約60%が採用していたLiability-Driven Investment(LDI)戦略に壊滅的な打撃を与えた。LDI戦略とは、年金負債のデュレーションと資産のデュレーションをマッチングさせるため、金利スワップやインフレーション・スワップ、ギルト・レポなどを用いてレバレッジをかける投資手法である。金利が上昇すると、金利スワップのペイ・サイド(固定金利支払い側)にいる年金基金は評価損を被り、カウンターパーティ(主に銀行やCCP)から巨額の証拠金請求(マージンコール)を受ける。

2022年9月末から10月初旬にかけて、一部の年金基金は1億ポンド規模のマージンコールに直面した。これに対応するため、年金基金は手元流動性が不足し、保有するギルトを大量に売却せざるを得なくなった。この売却がさらなる金利上昇を招き、追加のマージンコールを引き起こすという、典型的な「負のスパイラル(fire sale dynamics)」が発生した。

BoEは、この状況を「金融安定へのマテリアル・リスク(material risk to UK financial stability)」と判断し、段階的な介入を実施した:

第一段階:2022年9月28日 - 臨時ギルト買入れの開始

BoEは、9月28日に2週間の時限措置として、長期ギルトの買入れオペを開始すると発表した。これは、「市場機能の回復(restore orderly market conditions)」と「LDIファンドがレジリエンスを回復する時間を確保する」ことを目的とした、ターゲット型の介入であった。買入れ規模は1日あたり最大50億ポンドとされた。

重要なのは、この介入が金融政策(Monetary Policy Committee, MPC)の決定ではなく、金融安定目的(Financial Policy Committee, FPC)の判断として実施された点である。つまり、BoEは「金融政策としての資産買入れ(QE)」と「金融安定のための市場機能維持オペ」を明確に区別して説明した。また、買入れた国債は後日売却することも示唆され、財務省(HM Treasury)による全額補償(full indemnity)も確保された。

第二段階:2022年10月10日 - 追加措置の発表

しかし、その後も市場の緊張は収まらず、特にインデックス連動ギルト(index-linked gilts)の流動性が急速に悪化した。10月10日、BoEは三つの追加措置を発表した:

  1. ギルト買入れオペの対象拡大:従来の長期通常ギルトに加え、インデックス連動ギルトも買入れ対象に含める。買入れ規模を1日最大100億ポンド(通常ギルト50億ポンド、インデックス連動ギルト50億ポンド)に拡大。
  2. Indexed Long-Term Repo(ILTR)の積極活用:毎週火曜日の定例ILTRオペにおいて、インデックス連動ギルトを含むSMFの全適格担保を受け入れ、銀行がLDIカウンターパーティへの資金供給を支援できるようにする。
  3. Temporary Expanded Collateral Repo Facility(TECRF)の新設:これが本節の中心的テーマである。

TECRFの設計思想と革新性

TECRFは、2022年10月10日に新設され、11月10日まで運用された時限的ファシリティである。その設計には、英国中央銀行オペレーションの設計思想が凝縮されている。

(1) 目的の明確化:LDIファンドの流動性圧力緩和

TECRFの正式名称は"Temporary Expanded Collateral Repo Facility to enable banks to help ease liquidity pressures facing their client LDI funds"である。つまり、TECRFは「銀行を経由して、その顧客であるLDIファンドの流動性圧力を緩和する」ことを明示的な目的としていた。

ここで重要なのは、BoEが「LDIファンドに直接流動性を供給する」のではなく、「銀行を経由して」供給する設計を採用した点である。これには、二つの理由がある:

第一に、LDIファンドの多くはSMFの適格カウンターパーティではなかった。BoEの流動性ファシリティへのアクセスは、原則としてPRAの監督を受ける銀行・ビルディングソサエティ等に限定されている。年金基金やアセットマネジャーは、通常はSMFの参加者ではない。

第二に、BoEは「銀行システムの健全性とLDIファンドを含むNBFI(ノンバンク金融仲介機関)の健全性は相互依存関係にある」と認識していた。銀行はLDIファンドの主要なカウンターパーティとして、レポ取引やデリバティブ取引を通じて密接に結びついている。したがって、LDIファンドの流動性危機は、最終的には銀行セクターへの信用リスクとして跳ね返ってくる。

この設計は、2020年3月のCOVID-19危機における米連邦準備制度の対応とは対照的である。FRBは、プライマリー・ディーラー向けのPrimary Dealer Credit Facility(PDCF)やマネーマーケット・ミューチュアル・ファンド向けのMoney Market Mutual Fund Liquidity Facility(MMLF)など、ノンバンクに直接流動性を供給するファシリティを相次いで導入した。これに対し、BoEは「銀行システムを経由するチャネルの維持」という原則を堅持した形となった。

(2) 担保の拡張:非金融社債の受け入れ

TECRFの最大の革新は、SMFの通常の適格担保に加えて、「Baa3/BBB-以上の信用格付を持つ非金融社債(non-financial corporate bonds)」を受け入れた点である。これは、SMFの歴史において初めての措置であった。

この拡張の背景には、LDIファンドの資産構成がある。LDIファンドは、ギルトだけでなく、投資適格社債(investment grade corporate bonds)も相当程度保有していた。ギルト市場が機能不全に陥る中、LDIファンドが社債を担保に流動性を調達できる経路を開くことは、ギルトの投げ売り圧力を緩和する上で重要であった。

BoEは、この担保拡張を「このファシリティに限定する(in relation to this facility only)」と明記し、SMFの通常の担保枠組みには影響を与えないことを強調した。これは、恒久的な担保基準の緩和と受け取られることを避ける狙いがあった。

(3) 価格設定:低スプレッドによる利用促進

TECRFの料金は、「Bank Rate + 15bp」の固定レートとされた。これは、DWFの通常の料金体系(担保と規模に応じた累進的スプレッド)と比較して、極めて緩和的な設定である。

さらに重要なのは、「借入規模に応じた料金の累進性がない(The fee rate will not increase with size of drawing)」という明示的な規定である。これは、大規模な借入に対するペナルティを排除し、銀行が必要なだけの流動性を調達できるようにする設計思想を示している。

(4) 手続きの簡素化:即日決済と事前ポジショニング

TECRFは、「当日正午までに申請すれば、担保が事前にポジショニングされている限り、即日決済(same-day settlement)が可能」という運用ルールを採用した。これは、緊急時の流動性ニーズに迅速に対応するための工夫である。

同時に、BoEは参加銀行に対し、「想定される担保を11月7日17時までに通知すること」を求めた。これにより、BoEは事前に担保のデュー・ディリジェンスと評価を行い、発動時の円滑なオペレーションを確保した。

(5) 期間とロール:30日物の繰り返し利用

TECRFの初回借入期間は最大30日とされたが、新たな取引通知を提出することでロール(借り換え)が可能とされた。また、いつでも繰上げ返済も可能とされた。これにより、銀行とLDIファンドは、市場環境の回復に応じて柔軟に借入を調整できるようになった。

TECRFの実際の利用状況と評価

BoEは、TECRFの終了後、利用状況の集計データを公表した。それによれば、TECRFの実際の利用は極めて限定的であった。これは、一見すると「失敗」のようにも見えるが、中央銀行のファシリティ設計の観点からは、むしろ「成功」と評価される。

中央銀行の流動性ファシリティは、その存在自体が「安全網(safety net)」として機能し、市場参加者の不安を和らげる効果を持つ。実際の利用がなくとも、「必要ならば利用できる」という認識が市場に広まれば、それ自体が市場の安定化に寄与する。これは、「バックストップ効果(backstop effect)」と呼ばれる。

実際、BoEは10月10日のTECRF発表後、ギルト市場の流動性指標が改善し、年金基金とアセットマネジャーがLDIポジションの資本再構築を進めたことを確認している。つまり、TECRFの「存在」が、LDIファンドとその銀行カウンターパーティに、「最悪の事態には中央銀行のバックストップがある」という安心感を与え、市場の自律的な修復を促したのである。

BoEは後に、Financial Policy Committee(FPC)の声明の中で、「一部のLDIファンドは(9月28日の介入がなければ)翌朝には破綻していた(some LDI funds were hours from collapse)」と明らかにしている。この危機的状況から、わずか2週間余りで市場が落ち着きを取り戻したのは、BoEの多層的なオペレーション設計と、その機動的な運用の成果であったと評価できる。

設計思想の考察―「階層性」「柔軟性」「透明性」の三位一体

英国中央銀行の流動性オペレーションの設計思想は、以下の三つの原理の調和として理解できる:

原理1:階層性(Tiered Structure)

BoEは、金融政策の実施、平時の流動性保険、危機時の特別措置、という三つの層を明確に区分している。それぞれの層には、異なる目的、異なる適格主体、異なる価格体系が適用される。この階層性により、「スティグマの最小化」と「モラルハザードの抑制」という相反する目標の両立が可能になっている。

具体的には、金融政策実施層(STR、OSF)は低コスト・無スティグマで設計され、流動性保険層(DWF、ILTR、CTRF)は適度なコストとスティグマ対策のバランスが図られ、危機対応層(TECRF、ELA)は極めて緩和的だが時限的な設計となっている。

原理2:柔軟性(Flexibility)

BoEの流動性オペレーションは、「ルール・ベース」ではなく「プリンシプル・ベース」で設計されている。つまり、細かい運用ルールを事前に固定するのではなく、「目的」と「原則」を明示した上で、状況に応じた裁量的運用を可能にしている。

CTRFの「発動型」設計や、TECRFの「臨時担保拡張」は、この柔軟性の具現化である。また、DWFやCTRFの価格設定においても、「市場環境を勘案して決定」という裁量的要素が組み込まれている。

この柔軟性は、危機の性質が事前に予測不可能であることを前提とした、「レジリエンス重視」の設計哲学を反映している。2020年のCOVID-19危機と2022年のLDI危機は、その性質が全く異なっていたが、BoEは既存のフレームワークを活用しつつ、状況に応じた柔軟な対応が可能であった。

原理3:透明性とコミュニケーション(Transparency and Communication)

BoEは、ファシリティの設計と運用原則については高度に透明な情報公開を行う一方、個別の利用状況については意図的に匿名性を確保している。これは、「制度の透明性」と「利用者のプライバシー」を両立させる設計である。

具体的には、Sterling Monetary Frameworkの全体像は"Red Book"と呼ばれる詳細なガイドブックで公表され、各ファシリティの目的・条件・手続きが詳述されている。同時に、Market Noticeを通じて、オペレーションの変更や新設が適時に公表される。

他方、DWFの利用状況は5四半期遅れの集計値のみが公表され、CTRFやTECRFの利用状況も集計値が後日公表される形となっている。この「タイムラグと匿名化」により、ファシリティ利用が市場で「弱さのシグナル」として解釈されるリスクを低減している。

さらに、BoEは監督当局(PRA、FCA)と緊密に連携し、「ファシリティの利用は銀行の健全性評価に中立的である」というメッセージを一貫して発信している。これは、「制度の透明性」が「利用のスティグマ緩和」に寄与する好例である。

国際比較と課題

米国との比較―単一窓口 vs 階層型

米国の連邦準備制度は、平時においては主に「Discount Window」 (Primary、Secondary、Seasonalの3層構造)という比較的統合された 枠組みで流動性を供給している。これに対し、英国のBoEは、 OSF、STR、ILTR、DWF、CTRF、ELAという、より明確に目的別・ 対象別に区分された恒常的なファシリティ群を展開している。

どちらの設計が優れているかは一概には言えないが、英国型の利点は「目的に応じた最適設計」が可能な点にある。他方、米国型の利点は「シンプルさ」と「わかりやすさ」にある。

興味深いのは、2020年のCOVID-19危機において、FRBは従来のDiscount Windowに加え、Primary Dealer Credit Facility(PDCF)、Money Market Mutual Fund Liquidity Facility(MMLF)、Commercial Paper Funding Facility(CPFF)など、多数の新しいファシリティを臨時に導入したことである。つまり、危機時には米国も事実上の「階層型」アプローチを採用した形となっている。

ユーロ圏との比較―担保枠組みの違い

欧州中央銀行(ECB)は、BoEと同様に、Long-Term Refinancing Operations(LTRO)やTargeted LTRO(TLTRO)など、多様なレポオペを展開している。担保枠組みも、BoEのLevel A/B/Cに類似した階層構造を持っている。

ただし、ECBの担保枠組みは、ユーロ圏19ヶ国の多様なソブリン債と民間資産を統合的に扱う必要があるため、BoEよりも複雑である。また、ECBは銀行同盟(Banking Union)の枠組みの中で、各国中銀(National Central Banks, NCBs)を通じたオペレーションも実施しており、ガバナンス構造も異なる。

課題―NBFIへの直接アクセス問題

2022年のギルト危機は、「NBFIの流動性リスクが、銀行システムと国債市場を通じて金融システム全体に波及する」という問題を改めて顕在化させた。BoEは2024年、Contingent NBFI Repo Facility(CNRF)という新しいファシリティを発表した。これは、「ギルト市場の深刻なストレス時に、保険会社や年金基金に直接レポ取引を提供する」という画期的な制度である。

CNRFは「発動型(contingent)」であり、通常時は魅力的ではない条件(unattractive in normal conditions)に設定される点で、CTRFと類似した設計哲学を持つ。ただし、NBFIへの直接アクセスを認めることは、BoEのカウンターパーティ・リスク管理や、銀行セクターとNBFIセクターの境界線という根本的な問題を提起する。

今後、NBFIの規模が拡大し、その流動性リスクが一層システミックになる中で、BoEの流動性オペレーションの枠組みがどのように進化していくかは、国際的にも注目されるテーマである。

総括

英国中央銀行の流動性オペレーションは、2008年の世界金融危機以降、継続的な改良を重ね、現在では高度に洗練された多層的システムとなっている。Sterling Monetary Frameworkの中核をなすSTR、ILTR、DWF、CTRFは、それぞれ異なる設計思想と目的を持ちながら、全体として「金融政策の実施」と「金融安定の維持」という二つの使命を支えている。

2022年のギルト危機におけるTECRFの導入は、この枠組みの柔軟性と機動性を示す好例であった。危機の性質を正確に診断し、既存のフレームワークを拡張する形で、「銀行を経由したLDIファンドへの流動性供給」という新しいチャネルを迅速に構築した点は、中央銀行オペレーションの模範例として評価できる。

同時に、2022年の危機は、「規制の境界を越えた相互連関性」という、現代金融システムの本質的な脆弱性を露呈させた。LCRやNSFRといった銀行規制は、銀行単体の流動性リスクには対処できても、NBFIセクターのレバレッジと流動性ミスマッチが国債市場を通じてシステム全体に波及するリスクには十分に対応できていなかった。

この教訓を踏まえ、BoEをはじめとする各国中央銀行と規制当局は、「マクロプルーデンシャルな流動性規制」の強化と、「NBFIへの流動性アクセス」という新しい領域に取り組んでいる。英国のSterling Monetary Frameworkは、今後もこの進化の最前線に位置し続けるであろう。




付録

💡 制度設計の4つの原則

1. 複数ファシリティによる「用途別の最適化」

ファシリティ 目的 形態 スティグマ対策
OSF 日中の技術的問題への対応 オーバーナイト、両側(貸出・預金) 短期・日常的利用で「異常」感を軽減
DWF 個別銀行の流動性ニーズ 二者間取引、最大30日(延長可) 時間差のある集計開示で個別銀行を特定不可
ILTR 予測可能な定期的ニーズ 市場全体オークション、6ヶ月、週次開催 定期的実施で「通常の流動性管理」として位置づけ
CTRF 市場全体のストレス時 裁量発動、期間・価格・量は柔軟 危機時は「全員が使う」ため個別性なし

2. 「オープン・フォー・ビジネス」の哲学

すべてのSMFファシリティは「オープン・フォー・ビジネス」であり、流動性管理のために自由に使用されるべきという原則を確立:

  • 「最後の手段」ではなく「通常の流動性管理ツール」として位置づけ
  • 利用順序の規定なし
  • 自社の流動性バッファと並行して使用可能
  • PRA(健全性規制機構)も定期的利用を「通常のポンド流動性管理」として認定

3. 透明性と秘匿性のバランス

  • DWF:時間差のある集計開示で個別銀行を特定不可に
  • ILTR:市場全体オークションで個別性を排除
  • CTRF:市場ストレス時は「皆が使う」前提

4. Bagehotの原則の現代的解釈

Victorian時代のWalter Bagehotの助言「迅速に、自由に、容易に貸し出すべき」を、現代の金融市場に適応させた枠組み。平時にも危機時にも機能する流動性政策フレームワークを構築。

📋 各ファシリティの詳細

1. 参加資格と担保制度

参加資格の評価基準:

  • 金融システムに対する重要性
  • 事業過程で発生するオーバーナイト流動性リスクの程度
  • 適切な規制の監視下にあるかどうか(PRA閾値条件)

参加は通常任意で、適格会社はサインアップする業務を選択可能。例外はポンド建て高額決済システム「CHAPS」または「CREST」の直接決済参加者で、この場合は準備金口座の保有が義務。通常、この口座は日中の準備金管理ツールであるOSFへのアクセスとセット。

担保の分類と「流動性のアップグレード」

BOEから資金調達する場合、担保が必要。担保は十分な質と量を備えていなければならない。求められる担保の質は流動性の観点から3つのレベルに分類される:

レベルA

非常に流動性の高い市場で取引される高品質ソブリン債など、ほぼすべての市場環境で流動性が維持される資産。

レベルB

ソブリン債、国際機関・民間企業の債務、最高品質の資産担保証券など。通常は流動的だが、レベルAより質がやや低い。

レベルC

証券化商品、自己名義証券、住宅ローン等の貸付ポートフォリオなど、一般に流動性が低い資産。

重要な特徴:

  • 質の低い資産はSMF流動性保険制度の「流動性のアップグレード」で、コストを支払って高流動なソブリン債と交換可能(DWF経由)
  • BOEは通常、株式を担保として受け入れていないが、必要性が生じた場合は裁量で受け入れる場合がある
  • 広範な担保の事前提供(プレポジション)が強く推奨される
担保のヘアカット

ヘアカットは資産の市場価値に適切な割引を適用してBOEを保護するための仕組み。質が高い資産ほどヘアカットは低い。レベルA/B/Cの「基本ヘアカット」は適格担保ページで公表。レベルCのローン担保は各プールごとに個別計算。プレポジションにより引出し前にリスク評価・価格設定・評価・ヘアカットが確定し、利用を迅速化できる。

2. リザーブ・アカウント(準備金口座)

SMF参加者は準備金口座を保有。準備金残高は通常Bank Rate(政策金利)で利息が付与される。Bank Rateがマイナスの場合は利息が差し引かれる。準備金は金融政策の伝達と金融安定性の両方において中核的な役割を果たす。

3. オペレーショナル・スタンディング・ファシリティ(OSF)

営業日にBOEへ預入・借入が可能な、日中ベースの流動性管理ツール。技術的問題による決済ショック(frictional payment shocks)の管理を主目的とする。

OSF貸出ファシリティ
  • 条件:レベルA担保に対するオーバーナイト貸出
  • 金利:Bank Rate + 25bp(0.25%)
  • 目的:短期的な流動性不足への対応
OSF預金ファシリティ
  • 条件:オーバーナイト預入
  • 金利:Bank Rate - 25bp(0.25%)
  • 目的:余剰流動性の管理

金利コリドー効果: OSFはBank Rateを中心に±25bpの「コリドー」を形成し、市場金利の変動を抑制。これにより短期金利の安定性を支援。

開示:利用状況はメンテナンス期間終了後の第3水曜に集計開示。

SMF operating procedures (PDF)

4. ディスカウント・ウィンドウ・ファシリティ(DWF)

銀行が予期せぬ流動性ニーズを持った際に、適格担保と引き換えにギルト(英国債)または状況により現金を借りる二者間取引。「オープン・フォー・ビジネス」として設計され、PRA閾値条件を満たし適格担保を有する参加行が自由に利用可能。

主な特徴:
  • 適格担保:SMFレベルA/B/C全範囲(ローンプール含む)
  • 引出し形態:ギルト貸出、または状況に応じ現金貸出
  • 期間:初回最長30日。より長期の一時的ニーズがある場合はロール(延長)申請可。返済は随時可能
  • 特殊ケース:non-UK CCP(清算機関)は最大5日間の現金引出しに利用可
利用方針:
  • 利用は自社判断で決定
  • 自社の流動性バッファや他の供給源と並行して検討可能
  • 利用順序の規定なし:DWFを先に使うべき、最後に使うべき、といった制約はない
  • 迅速な引出しのため、ローン担保・自己名義証券・複合資産は事前プレポジションを推奨
料金体系:

市場レートとは異なり、SMF参加者に手頃な流動性を提供する設計。料金は担保レベル(A/B/C)および引出額(適格負債に対する比率)に応じて変動。

  • 適格負債の5%以下:フラット料金(レベルAでBank Rate + 25bp、レベルBで+ 50bp、レベルCで+ 75bp)
  • 5%超:引出額に応じて累進的に料金増加

Indicative pricing spreadsheet (XLSX)

スティグマ対策の工夫:

DWFの利用は時間差のある集計開示により、個別銀行を特定できない形で公表。これにより、銀行は評判を気にせずDWFを利用可能。

5. インデックスド・ロング・ターム・レポ(ILTR)

市場全体を対象とした定期的な流動性供給オペレーションで、担保と引き換えに中銀の準備金を6ヶ月間貸し出す形式のオークション。予測可能な流動性ニーズに対応し、レポ主導の需要駆動型オペレーティング・フレームワークの中核を担う。

⚠️ 重要な更新(2024年10月): ILTRは2024年10月16日より週次開催が恒久化されました(以前は月次)。これは、レポ主導・需要駆動型フレームワークへの移行におけるILTRの拡大された役割を反映しています。

主な特徴:
  • 頻度:週次開催(2024年10月より恒久化)
  • 期間:6ヶ月(正確に26週間)
  • 方式:変動価格・変動規模のオークション、均一価格方式(すべての落札者が同一のクリアリング・スプレッドを支払う)
  • 最大供給量:1回のオークションあたり最大£350億(2025年6月改定)
  • インデックス化:Bank Rateへのスプレッドで入札するため、将来のBank Rate変動リスクをヘッジ可能
担保レベル別の最低スプレッド:
担保レベル 最低スプレッド 最低スプレッドでの供給量
レベルA Bank Rate + 0bp £40億
レベルB Bank Rate + 5bp £30億
レベルC Bank Rate + 15bp £10億
オークションの仕組み:
  • 参加者は担保レベル(A/B/C)ごとに、希望する準備金額とBank Rateへのスプレッドを入札
  • 各担保レベルでクリアリング・スプレッドが決定され、それ以上のスプレッドで入札した参加者が落札
  • 需要が高まると、クリアリング・スプレッドが上昇し、自動的により多くの流動性が供給される(最大£350億まで)
  • 均一価格方式により、すべての落札者が同じスプレッドを支払う
参加のベストプラクティス:
  • 最大限支払い可能なスプレッドで入札:落札確率が高まり、実際に支払うのはクリアリング・スプレッド
  • 複数のオークションに分散:需要を平準化することで、より低く予測可能な価格を実現
  • 担保の事前プレポジション:迅速な落札と決済のため、特にレベルC担保は必須
  • 定期的な利用:PRAは定期的なILTR利用を「通常のポンド流動性管理」として認定
スティグマ対策の工夫:

ILTRは市場全体オークションであり、週次で定期的に実施されることで、「通常の流動性管理ツール」として位置づけられています。個別銀行の利用は特定されず、集計データのみが公表されます。

Using the ILTR: a guide for participants

6. コンティンジェント・ターム・レポ・ファシリティ(CTRF)

市場ストレス時や重大イベント発生時に中銀の裁量で発動される柔軟な流動性供給枠。適格担保の全範囲(レベルA/B/C)を対象とし、発動時点で期間・価格・供給量が決定される。

主な特徴:
  • 発動条件:実際のまたは予想される市場全体のストレス時
  • 柔軟性:期間・価格・供給量は発動時にBOEが決定
  • 適格担保:SMFの全範囲(レベルA/B/C)
  • 参加資格:DWFにアクセス可能な機関が参加可能
  • 供給量:通常は無制限、固定価格・フルアロケーション
実例:2020年3月COVID-19危機

2020年3月24日、COVID-19パンデミックによる金融市場の混乱を受けて、CTRFが発動されました:

  • 目的:世界的および国内のマネーマーケットで観察された摩擦の緩和
  • 期間:当初3ヶ月、後に1ヶ月期間も追加
  • 価格:Bank Rate + 15bp(固定)
  • 規模:無制限
  • 運用期間:2020年3月〜6月

CTRFは市場の安定化に寄与し、6月には市場状況の改善を受けて終了しました。ただし、必要に応じて迅速に再導入可能な体制を維持しています。

スティグマ対策の工夫:

CTRFは市場全体のストレス時に発動されるため、「皆が使う」前提となり、個別銀行が利用することへのスティグマは最小化されます。また、危機時の迅速な流動性供給を可能にする設計です。

📊 まとめ:階層的な流動性供給体制

Bank of Englandの流動性供給制度は、平時から危機時まで機能する階層的な体制を構築しています:

平常時
  • 日中:OSF(技術的問題への対応)
  • 短中期:DWF(個別銀行の流動性ニーズ)、ILTR(定期的な流動性供給)
軽度ストレス時
  • ILTRの利用増加(オークションのクリアリング・スプレッド上昇により自動的に供給拡大)
  • DWFの積極的利用
重度ストレス時
  • CTRF発動(無制限供給、固定価格)
  • 必要に応じてその他の臨時措置

制度設計の成功要因:

  1. スティグマの克服:複数ファシリティと情報開示の工夫により、銀行が評判を気にせず利用可能
  2. 市場規律の維持:価格メカニズムと担保要件により、モラルハザードを抑制
  3. 柔軟性と予測可能性の両立:定期的オペと裁量的オペの組み合わせ
  4. 金融危機の教訓の反映:Northern Rock危機からの学び
  5. Bagehotの原則の現代的実装:「迅速に、自由に、容易に」

核心的な思想: 中央銀行の流動性供給は「最後の手段」ではなく、「通常の流動性管理ツール」として日常的に使用されるべきである。これにより、危機時にも銀行は躊躇なく利用でき、金融システムの安定性が維持される。

📚 参考資料

注意事項: この論考は2022年5月時点の情報を基にしていますが、2024-2025年の最新情報を反映して更新されています。最新の運用詳細については、Bank of Englandの公式ウェブサイトをご確認ください。

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