欧州銀行税(影のマネタリーポリシー)の整理



グローバル経済の下で金融業の果たす機能が増大する中、金融業に対する課税問題は主として2方向で議論されてきた。一つは、消費課税における金融サービスの課税漏れの是正の必要性を主張する立場から出発するものであり、二つめは2008年の金融危機をきっかけに金融システムの破たん処理費用の負担についての金融業界として責任論から出発するものである。いわゆるピグー税である。社会的費用と私的費用の差(外部不経済)に等しい税を課すことによって、効用最大化を図る経済主体に、社会的に効率的な生産(または消費)水準を選ばせようとする考え方である。規制とピグー税のどちらが望ましいかは議論の余地があるが、ピグー税には、税収の確保につながるといった、規制にはない利点があり、財政赤字に苦しむ国にとっては貴重な財源となる。

2008年の金融危機コストについては、IMFの報告書(2010)はG20でGDPの約2.7%、危機の中心地であった先進国の平均でGDPの約25%(債務保証等含む)と推計している。この点については、G20、IMF、EUといった国際機関や各国政府に加え、多くの財政学者も金融危機と税制の関係につき研究を進めてきた。

銀行税は、金融危機の一因となった短期負債による過剰な資金調達を抑制し、レバレッジを 抑制することを一つの目的としている。銀行税の導入後、実際にどのような効果があったかに ついては、Devereux et al.(2013)が銀行税の効果を推計している。同推計によれば、銀行 税は確かに銀行の自己資本比率増加に寄与しているが、自己資本比率が増加することで、相対 的に弱い銀行のリスク投資が促されていると指摘している。 銀行税と次に述べる金融活動税のどちらがシステミック・リスクを抑制しうるかについては、 Cannas et al.(2014)が金融機関間のリスクの伝播(contagion)がある場合には両者は同 様の効果を持つが、伝播がない場合には銀行税の方が有効だとしている。

欧州では、銀行税はバランスシートをベースとした銀行税導入はIMFレポートの金融安定負担金の構想に沿ったものとして、各国で導入。銀行税においては、「負債総額-株主資本-預金保険対象預金」を課税ベースに、低い税率が課されるのが基本であり、具体例としては、ドイツの銀行負担金やイギリスの銀行税が存在する。もっとも、実際の課税においては、各国により様々な違いがあり、フランスのように、最低所要自己資本額に課税を行っている例がある。国毎に課税対象や税率が違うため、銀行のファンディング活動に異なった影響を与えている。

世界の銀行税


https://link.springer.com/content/pdf/10.1057/s41261-021-00178-w.pdf


英銀行税

ロンドンの金融機関は、銀行の利益に課される、8%の課徴金(法人税も別途課される)とは別に、金融危機後の2011年に導入された「銀行税」の対象にもなっている。これは、英バランスシートに対しての0.1%で、年間約20-30億ポンドが徴収されている。

1)課税対象

課税対象は、負債と資本の合計額が200億ポンド以上の英銀行、住宅金融組合 (Building Society)外国銀行の英国ユニット等である。 

英国の銀行グループについては、グローバル連結バランスシートが課税対象とされる。 なお、外国銀行については、英国拠点(支店、子会社)を集計したバランスシート、非銀行グループにおいては英国の銀行のバランスシートが対象となる。 


グループ間ファンディングの一部は除外可能

Finance Act 2011 (legislation.gov.uk)

Re-scoping of the Bank Levy - summary of responses (publishing.service.gov.uk)

2)課税ベース 

負債と資本の合計額から、以下を控除した額が200億ポンド以上の場合に当該額全体を 課税ベースとする。 

①Tier1資本、

②リテール保険対象預金、

③ソブリン債を担保とするレポ取引、 

④銀行グループにおけるリテール保険業務にかかる契約者負債

なお、デリバティブのポジションもネットの負債ベースで含まれるとされている。 また、銀行税額は法人税の課税所得計算上損金算入はできない。 

3)税率(2021)

①短期調達(満期1年未満) 0.10% 

②長期調達(満期1年以上) 0.05%





欧州各国の銀行税

欧州ではオーストリア、ベルギー、フランス、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、オランダ、ポーランド、ポルトガル、スロベニア、スウェーデン、イギリスが銀行税を課税している。これらの国のほぼすべてが2007-2008年の金融危機後に課税を実施した。ギリシャ(1975年適用開始)は唯一の例外で、スロバキアは2021年1月をもって銀行税が廃止された。

ほとんどの国は、負債または資産の指標に課税している。しかし、一部の国では、異なる課税ベースを決定した。例えば、フランスは規制要件を満たすために必要な最低限の資本金に課税している。


課税対象の負債は徴税後の使用目的によって異なる。例えばベルギーでは預金保険ファンドの原資として銀行税が使用されるため課税対象は預金保険の対象預金(非金融)のみとなる。



(今後の展開)英銀行税撤廃の可能性

2015年に、オズボーン蔵相は、6年間で銀行税を段階的に引き下げ、代わりに銀行の利益に対する課税を導入すると公表した。その背景には、利益減少時の税負担が重いとの銀行界からの批判があったとされる。
さらに、2021年、英政府はブレグジット後のロンドンの地位を守るため、銀行部門に課される8%の課徴金について見直しを発表(2023年4月から3%に)。
スナック蔵相は予算演説で、19%から25%への法人税引き上げに加えて課徴金を維持することは、「銀行への課税が競争力を失い、英国の主要輸出品の1つに損害を与えるだろう」と主張。
銀行税についても国際競争力の観点から一段の見直し議論が浮上するかもしれない。



金融取引税

金融サービスについては、徴税技術上の困難もあり、付加価値税が非課税とされている国が多い。この金融サービスに付加価値税が非課税となっていることが、金融部門を過大に増大させ、金融危機の遠因となったのではないかとの議論もなされている。経済理論的には、金融サービスに課税すべきかどうかについては極めてセンシティブな論点である。

金融サービスへの付加価値税課税には、執行上の問題が存在する。具体的には、手数料のように明示的にサービスの対価が示されている場合は付加価値税を課すことは可能だが、金融サービスのかなりの部分は金利の違いの形で対価が支払われている。例えば、小切手等の利用が可能な当座預金は金利が付されないのが一般的であり、顧客は金利をあきらめることを対価として、小切手等の利用等のサービスを享受している。こうした形での対価の支払いに付加価値税を課税することは技術的に難しいため、多くの国で課税されてこなかったのである。

金融サービスへの課税の執行の困難さから、代替的な方法で金融機関の付加価値に課税する方策も考えられている。金融機関の付加価値が、「利益+報酬」に対応することに鑑みれば、金融サービスへの直接課税の代わりに、「利益+報酬」に補完的に課税を行うことは理解可能である。実際に、イスラエルにおいては、金融機関の「利益+報酬」に課税が行われている。またフランスにおいては、リーマンショックの前から、売上高の90%以上が付加価値税非課税の企業に対し、別途、賃金に対する課税が行われていた。IMFが提案した金融活動税(FAT)の一つの課税根拠として、金融サービスへの非課税に対する補完的措置であることをあげたのは、以上のような背景があってのことである。(もう一つの意義としては、次節で述べる金融機関のレントに対する課税がある。

欧州委員会のインパクト・アセスメントにおいては、むしろ金融取引税の方が望ましいとの結論に至り、2011年9月に、金融取引税の指令案の公表を行った。インパクト・アセスメントが、IMFと異なり、金融取引税の方が望ましいとしたのは、①期待される税収が、金融取引税の方が金融活動税より大きいこと、②短期的取引および過度にレバレッジのかかったデリバティブ取引がもたらす過度なリスク・テイキングを抑制するには、金融取引税の方が効果的かもしれないこと、③特に高頻度取引(HFT)のような自動売買を抑制するためには、金融活動税は直接的な効果はないのに対し、金融取引税はそうした取引のコストを引き上げるため、有効であること等があげられている。他方、金融活動税の利点と考えられる金融サービスへの付加価値税非課税の補完としての役割については、金融サービスへの付加価値税自体の改革により対応すべきとしている。

フランスの金融取引税

2012年1月にサルコジ政権はフランス単独の金融取引税の導入の方針を公表した。課税ベースは、時価総額10億ユーロ以上の上場株式の取引で、発行市場、マーケット・メーカー、清算機関等は対象ではない。これらの機関が対象から外されているのは、株式市場の流動性に深刻な悪影響を与えないための配慮である。また、対象となる金融商品も、債券や転換社債は対象ではないなど、欧州委員会の提案と比較するとかなり限定的である。株式の取引がなされる場所が、フランスのみならず、欧州および外国の規制下にある取引であれば、全て対象になる。これにより、フランス国外での取引で課税を回避しようとする試みを封じようとしている。また、施行時期は2012年8月で、サルコジ政権下では税率は0.1%とされていたが。2012年5月に成立したオランド社会党政権はさらに強化を図り、税率を0.1%から0.2%に引き上げた。さらに、高頻度取引には、税率0.01%の取引税が課される。具体的には、課税ベースは、取消あるいは変更された注文が一定数を超えてなされた株式の数に、当該株式の取引日の平均株価を乗じた額とされる。(株式の注文の頻繁なキャンセルおよび修正は、高頻度取引の特徴の一つである。)また、EU加盟国の国債のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の取得(ただし、保有国債のヘッジの場合は除く)に対し、税率0.01%(課税ベースは想定元本)の課税がなされる。これらの措置は、意図的に高頻度取引およびEU加盟国のCDSの空売りの抑制を図ろうとするものである。

イタリアの金融取引税

2013年に導入されたイタリアの証券取引税も、フランスの証券取引税に似た性格を有している。課税対象は、イタリア国内企業の発行した株式等、デリバティブおよび高頻度取引の3種類である。株式については、売手・買手の居住地、取引が行われた場所に関わらず、課税対象とされ、フランス同様、国外での取引による租税回避を抑制しようとしている。平均時価総額5億ユーロ未満の企業の株式、発行市場、マーケット・メーカー、清算機関、EU関連機関、年金基金等の取引は課税されない。規制下の取引所等での取引には0.1%、他での取引には0.2%の税率が適用される。また、イタリア企業の課税対象となる証券に係るデリバティブも課税対象である。さらに、高頻度取引に対しても、日中の注文の60%を超すキャンセルおよび修正がなされた注文の価額に、税率0.02%が適用される。

Balancing the regulation and taxation of banking (birmingham.ac.uk)


欧州委員会の金融取引税の指令案の概要:

(課税対象となる取引)少なくとも一方の取引相手がEU域内で設立された金融機関である全ての金融取引。租税回避の可能性を最小限とするため、課税対象の金融取引はできる限り広くする。株式・債券等の証券、短期金融商品、集団投資スキームの受益権、仕組み商品等の売買(証券の貸借、レポも含む)、各種デリバティブ等が含まれる。金融機関に負担を求めるとの観点から、発行市場の取引は含まれず、家計や中小企業の相対取引も課税対象ではない。(金融機関の範囲)投資サービス会社、取引所、銀行等の信用機関、保険・再保険会社、集団投資スキームとその運用会社、年金基金、SPV等。欧州中央銀行や加盟国の中央銀行、欧州金融安定化基金、証券集中保管機関等は対象外。


参考引用文献:

Interactions between bank levies and corporate taxes: How is the bank leverage affected? (europa.eu)

野村資本市場研究所|欧州の金融取引税の導入に向けた進展(PDF) (nicmr.com)

Financial Resolution Arrangements to Strengthen Financial Stability: Bank Levies, Resolution Funds and Deposit Guarantee Schemes (europa.eu)

金融調査研究会報告書「金融セクターに対する課税のあり方」 (zenginkyo.or.jp)

Bank levy - Office for Budget Responsibility (obr.uk)

金融調査研究会報告書「金融セクターに対する課税のあり方」 (zenginkyo.or.jp)

Taxing banks: an evaluation of the German bank levy (bundesbank.de)

Balancing the regulation and taxation of banking (birmingham.ac.uk)


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