横綱(日本国債先物)の整理

ソーシャルメディアなどでは横綱の愛称で知られる日本国債先物。プロアマ問わず市場で広く活用されているが、本欄では筆者の脳内整理とともに、横綱の仕組みについてできるだけシンプルにまとめたい。

横綱とは

横綱は日本国債先物取引である。先物取引とは現時点で予約し、日本国債の決済を将来に実施するものである。現在の日本国債先物市場において取引されている横綱は事実上、残存 7 年の国債と連動する構造(国債先物契約において残存7年の国債がチーペストで受け渡されるため)になっている。

日本国債先物は、プロップ目的よりも典型的には金融機関のリスク管理のために用いられることが多い。国債の発行に際して、財務省は入札を実施しているが、財政赤字、量的緩和などを背景に国債の発行額が巨額になることもある(日本国債の発行規模が 1 回の入札で 1 ~2 兆円)。結果、一社あたりが数千億規模で国債を落札する可能性がある。これに伴い金融機関が価格変動リスクを抱えるので、リスク管理が必須となる。保有する国債の価格と逆の動きをするポジション(ショー ト・ポジション)を作るこ とができれば、価格変動に伴うリスクをヘッジすることができる。そこで日本国債先物を売り建てるニーズが出てくる。当然、現物の国債を空売りすることもできなくもないが、現実の現物マーケットで国債を空売りすることは簡単ではない。このポ ジションを構築するためには「国債を借りてきて→売却する」という行為が必要となる。国債を貸し借りする市場としてレポ市場があるが、この市場で空売りできる金融機関は、国債のマーケット・メイクを行う証券会社に加え、一部の大手金融機関や外国人投資家にとどまり、基本的には現物で空売りをすることは簡単ではない。その点、日本国債先物を用いれば、実務的労力なくショート・ ポジションを作り、金利リスクをヘッジすることができる。

仕組み

先物取引は、日本取引所グ ループなどに上場されており、取引所を通じて売買がなされている。取引時間は前場(8:45~11:02)と後場(12:30~15:02)に分かれている。夜間取引(ナイト・セッション、15:30~翌 5:30)も設けられているが、前場と 後場に取引が集中する傾向がある。前場と後場の最後に 2 分、ナイト・セッションの最後に 5 分、終値を決めるためのプロセスの時間(いわゆる板寄せの時間:方法 )が設けられている。

制度的には、先物の損益をその日の終値で一旦決済し、それと同時に、もう一度強制的にその日の終値で同じポジションを取り直す仕組みがとられているが、制度的に十分 な証拠金を参加者に求めることでこれを担保している(証拠金が不十分だと追証を求められる)。証拠金は SPAN(スパン, Standard Portfolio Analysis of Risk)という計算メカニズムによって算出されるが、基本的にはボラティリティの予測値によって定められると考えて差し支えない。

先物を取引所に上場させるためには、投資家のニーズに合わせる形で商品を標準化させる必要がある。国債先物では、標準物と呼ばれる仮想的な国債を作り、一定の計算ルールで、現物の国債との受渡を行うことができる 仕組みがとられている。将来受渡するタイミングも「受渡日」という形で標準化がなされている。日本国債先物では、「3 月限(「さんがつぎり」と読みます)」、「6 月限」、「9 月限」、 「12 月限」という形で、四半期毎に受渡日が設定されている。先物の期限が満了する月は限月(げんげつ)と呼ばれる。国債先物の受渡決済期日は各 限月の20 日(休業日の場合は繰り下げ)とされており、取引最終日はその 5 日前(休業日 を除外)までとなっている。

上場されているものは直近の 3 つになる。例えば、現在が 2021 年 1 月であるとすると、 2021 年 3 月限、2021 年 6 月限、2021 年 9 月限が上場する。2021 年 3 月限の売買が 終わると、新しい先物(2021 年 12 月限)が立ち上がる仕組みである。国債先物市場では満期の近い限月(この例の場合、2021 年 3 月限)がもっぱら売買され る傾向にあり、最も活発に売買がなされる限月を中心限月という。ただし、この先物の取引最終日 が近づくにつれて、通常、その次の限月(この例の場合、2021 年 6 月限)へ売買がシフト していく。



長期国債先物

日本国債先物の大きな特徴は、長期国債先物以外は事実上、取引がなされていない点である。 米国債市場などでは多くの年限の先物が取引されているが、日本では米国のように様々な運用戦略をとる投資家が相対的に少ないことや、超長期国債先物の投資家が少ないためか長期以外の市場が生まれていない。

標準物

日本国債先物では標準物と呼ばれる架空の国債が取引される。長期国債先物についてはクーポンが 6%、残存 10 年の国債の売買がなされ、コンバージョン・ファ クターと呼ばれる一定の計算式から算出される係数に基づき、残存 7~11 年の 10 年利付国債と交換ができる仕組みがとられている。現在の金利は低い水準にあるにもかかわらず、架空の国債は 6%という相対的に高いク ーポンが付されているため、架空の国債の価格が高く評価(商慣行上の基準である100円よりはるかに高い価格で取引)されている。



決済

国債先物では取引最終日にポジションが残っている場合、国債を受け渡すことで決済を行う。これを現物決済(受渡決済)という。当然、取引最終日までに反対売買 をすることで先物のポジションを解消し、現物決済を避けることが可能。国債先物の特徴は、現物決済に際し、受渡銘柄が「残存7年以上 11 年未満の10年利付国債」という形でレンジ(バスケット)が設けられている点で、先物の売り手は 残存 7 年以上 11 年未満の複数の国債の中から好きな銘柄を選んで受渡を行うことができる(デリバリー・オプション。このように現物決済に際し、受渡可能な銘柄を「受渡適格銘柄」という。売り手側に選択権が与えられている理由は、先物の買い手に選択権を与えてしまうと、例えば買い手が残存8年の国債を欲しいと主張したとしても、売り手がその銘柄を持っていない場合、受渡を行うことができないため、制度的な不安定性を有するからである。先物の売り手に選択権を与えておけば、売り手は7~11年のうち持っている国債を受け渡せばよいので、制度的にも安定する。

特定の年限の国債を受け渡すといった制度でないのは、もし仮に残存 7 年の国債を受け渡すという制度にしてしまうと、その年限の債を買い占めて利益を得ようとする投資家が発生する可能性があるためである。このような買い占め行為を「スクイーズ」といい、そこに残存 7~11 年といった形で受渡可能な国債を複数設けておくメリットがある。たとえ残存 7 年の国債が買い占めたられたとしても、例えば残存 8 年の国債を受け渡すことが可能となり、スクイーズを防ぐことができる。実際、日本の国債先物の受渡銘柄として残存期間が 7 年以上とされた背景には、相場操縦を回避するため、先物導入当時の発行量に鑑み、受渡供給量として残存 7 年以上とすれば十分という判断 があったようだ。

コンバージョン・ファクター

日本国債先物では標準物と呼ばれる仮想的な国債(長期国債先物の場合、 6%のクーポンの 10 年国債)が売買されますが、これはあくまで仮想的なものであり、受渡 日には一定の計算式に基づき、残存 7~11 年の 10 年利付国債と交換される。 この過程で重要な役割を果たすものがコンバージョン・ファクター(Conversion Factor, CF)である。CF そのものは複雑な数式で定義されているが、実務的には「標準物の価格を 現実の国債価格に変換する係数」というイメージをしておけば十分である。先物の現物決済に用いる受渡価格は、先物価格に CF を掛け合わせることで定められる(受渡価格=先物価格×CF)。例えば、残存 7 年国債の CF が 0.7、先物価格が 150 円である とすると、105 円(=0.7×150)が残存 7 年国債の受渡価格になる。横綱が事実上、残存 7 年の国債と連動する構造にあるのは、受渡銘柄毎に計算される CF に基づき「先物価格×CF」を計算すると、これまでの市場環境下では 残存 7 年の国債を受け渡すコストが最も低い環境が続いているからです(デュレーションが 長くなるほど金利の変動に対して価格が感応的になる=年限が短い残存 7 年の国債が価格の低下幅が低くなる)。

チーペスト

前述のとおり、横綱決済時の年限指定は売り手ができるシステムになっている。経済合理性を考えるならば、売り手側は受け渡しが可能である残存7~11年の国債の中で、下記が大きくなる銘柄を渡すインセンティブを有する。

先物価格×CF - 現物価格

したがって受渡可能な国債の中からCFが最も大きい銘柄を選択するインセンティブが働く。CFは6%より金利が低い環境下では(クーポンが同じ水準であれば)年限が短い銘柄ほどCFが大きくなる傾向があるため、現物を受け渡す者にとって年限が 短い国債を受け渡すメリットが生まれるというロジックである。

先物の売り手にとって最も受け渡しの メリットがある銘柄を、受渡のコストが 最も低い銘柄と捉え「最割安銘柄(チーペスト、Cheapest To Deliver)」という。「先物価格×CF」と いう形で受渡銘柄の価格を決める理由や CF が現在の低金利環境下では 0.7 程度の値になりやすい。

現物と先物のアービトラージ

例えば機関投資家が、先物を売り建てた場合、受渡日に7年国債を受け渡す必要があるが、7 年国債そのものは店頭市場で取引されているので、先物を売り建てると同時に、7 年国債を買っておけば現物と先物の裁定取引が可能である。これが国債市場における現物と先物の裁定取引(ベーシス取引 or キャッシュ・アンド・キャリー取引)に相当する。

ベーシス取引は国債投資の中で最もスタンダードなものである。国債先物市場は1日数兆円規模の売買がなされる最も流動性が高い市場であるため、先物の価格には多くの投資家の意見が反映されるという意味で適切なプライシングがなされている。その情報は残存7年の国債との裁定を通じて、国債市場全体の価格形成に影響を与えるとされている。

現物価格と先物の受渡価格(CF×先物価格)の差をグロス・ベーシスといい、調達コスト等も考慮した正確な裁定を考えるには現物価格からキャリーを調整した先物と現物の価格差をネット・ベーシスという。現物価格にキャリーを調整した価格は先渡(フォワード)価格に相当するため、事実上、ネット・ベーシスでは先物と先渡の裁定取引を行っていると解釈できる。

グロス・ベーシス=現物価格-先物価格×CF

ネット・ベーシス=先渡価格-先物価格×CF


限月間スプレッド取引(カレンダー取引)

先物はリスク管理を目的として用いられることが多く、先物を用いる大部分の投資家は現物を将来欲しいと思って先物を買っているわけではない。ただし、売り建てた横綱の現物決済を回避する目的で取引最終日前に買い建てることは多い。先物ショートによるヘッジを継続したい場合、直近の限月を買い建てて現在のポジションをキャンセルすると同時に、翌月の限月を売り建てることでヘッジをロールすることができる。このような取引を限月間スプレッド取引(カレンダー取引)といい、それ自体が取引されるマーケット(限月間スプレッド取引は2000年に導入)がある。受渡期日に一番近い先物を「期近(きぢか)」、二番目に近い先物を「期先(きさき)」という。現物の受渡を避けながらショート・ポジションを継続するためには「期近買い+期先売り」という取引になる。


参考、引用文献

JPX: kokusaisakimononyumon.pdf (jpx.co.jp)

財務省:広報誌「ファイナンス」 (mof.go.jp)

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