銀行勘定金利リスク管理(IRRBB)ざっくり整理

長年にわたる低金利政策によって、欧州各行の収益機会がかなり低迷している。特に、欧州系銀行収益の7割を占める純金利収入(NII)は、純金利マージンが縮小し、圧力を受けている。低金利環境がどこまで続くかは定かではないが、アフターコロナを見据え、市場金利の急激な上昇変動リスク、銀行の純金利収入や銀行の将来のキャッシュフローの公正価値に悪影響を及ぼすリスクも高まっている。

かかる中、2016年4月、バーゼル銀行監督委員会は、IRRBBに関する新たな規制の枠組みを最終決定した。草案では、IRRBBに対する標準化された第1柱の資本賦課金(Pillar 1 capital charge)を設定しようとしたが、委員会のメンバーはこれに合意することができなかった。その代わりに、委員会は一連の標準的な公開情報を作成し、銀行は金利ショックシナリオの結果を純利息収入とEVE法の両方に基づいて計算して報告する義務を策定した。国際合意上の適用開始時期は2018年3月とされたが、その後、段階的な移行スケジュールが示されている。準備期間中に、利用者行動モデル化と金利リスク影響度計測 について、内部管理体制の整備・高度化を図ることが望まれている。本欄ではIRRBBとその関連規制をざっくり整理したい。

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IRRBBとは

銀行のブックポジションに影響を与える金利の不利な動きから生じる、銀行の資本と収益に対する現在または将来のリスクを指す。

IRRBBの3要素

  • ギャップ・リスク:運用・調達の支払いタイミングのギャップ(典型的には、短期調達・長期運用)から生じるリスク、及び金融商品の金利改定のタイミングから生じるリスク
  • ベーシス・リスク:期間(tenor)は類似していながら異なる金利指標を用いて価格が決定される金融商品における金利変更の影響(ヘッジと乖離が生じることにより、損益が変動するのリスク)
  • オプションリスク:オプションデリバティブのポジションや、銀行の資産・負債・オフバランスシート項目に組み込まれたオプション要素から生じるもの

第2の柱の一環として、銀行はIRRBBのリスクを識別、測定、監視、管理するための独自の方法論とプロセスを開発することにより、IRRBBの資本と収益への影響を考慮することを期待している。EVEは、標準化された異常値テストにおいて銀行のIRRBBを測定するために使用されており、銀行のEVEが普通株式等Tier1の15%以上変化した場合、監督当局は措置を講じる権利を有している。

欧州におけるIRRBBガイドライン

バーゼル規則の最終版では、監督当局がバーゼル体制の第2の柱に基づいて資本賦課金を課すことができるようになっており、各銀行に固有の必要と思われる部分に賦課金を課す柔軟性を提供している。欧州連合では、IRRBBは資本要求指令(Capital Requirements Directive )の下でコントロールされており、米国では、連邦準備制度理事会と通貨監督庁によって規制されている。

IRRBBのモデルリスクをICAAPに組み込むというEBAの要求は、多くの企業にとって新しいものである。さらに、モデルの検証要求は、これまでモデルの検証を行っていなかった財務およびALM部門にとって大きな変化をもたらす可能性がある。まだバリデーションを行っていない企業は、今すぐ対応する必要がある。企業は、今回のガイドラインの改訂を機に、IRRBBの活動をより広範なリスクおよびプランニングのフレームワークに統合することができる。自社のプロセスを活用することで、異なるモデリング手法間のシナジー効果を得て、より強固なリスクおよび資本管理のフレームワークを実現することがでる。更新された基準を実施する一方で、企業は、CRD V/CRR2フレームワークの最終化後に予定されているEBAのさらなる技術基準を実施するための柔軟性を維持する必要がある。特に、IRRBBの変更プログラムを継続し、今後2、3年の間に財務、リスク、ITの主要部門での作業量が増えることを計画する必要がある。多くの金融機関は、2016年のバーゼル基準に沿ってIRRBB管理のアップグレードを開始していると思われるが、企業がこれらのガイドラインを実施する上での困難さは、これらの基準をどの程度すでに実施しているか、また、既存のIRRBBプロセスの厳密さに大きく依存するものと思われる。

EBAは、ガイドラインの実施を2018年12月31日から2019年6月30日に延期し、特定の条項については2019年12月31日までの経過措置を設けた。これらのガイドラインは、CRD V/CRR2フレームワークへの移行として機能することを意図しており、その後、EBAからIRRBBに関するより詳細な技術基準が公表された。

CRR2とCRDV - EUの新しいプルデンシャル規制の展望

CRR2とCRDVは、EUにおける銀行のプルデンシャル規制の法的枠組みを定めた資本要求規則(CRR)と資本要求指令(CRDIV)を改正するものである。CRR2とCRDVによる変更の多くは、EUが国際的に合意されたバーゼル基準の導入を継続するものである。しかし、EUの実施はいくつかの分野でバーゼル基準を逸脱しており、CRR2/CRDVのいくつかの構成要素は、国際基準とは関係なく、むしろEU銀行・資本市場連合を推進することを目的としている。ほとんどの変更は2021年半ばから適用される。今回の変更は、表向きには銀行だけでなくCRR投資会社にも適用される。

拘束力のあるレバレッジ比率:新ルールでは、拘束力のあるレバレッジ比率が設定され、金融機関は非リスク加重資産の少なくとも3%のTier 1資本を維持することが求められる。世界的にシステム上重要な金融機関(G-SII)には、追加のレバレッジ比率バッファーが適用される。バーゼル基準とは異なり、CRR2では、デリバティブにレバレッジ比率を適用する際に、イニシャルマージンでエクスポージャーを減らすことができる。

正味安定調達率(NSFR):CRR2では、純安定調達要件が課せられている。流動性カバレッジ・レシオ(金融機関の資産の質と流動性に焦点を当てる)とは異なり、NSFRはバランスシートの負債側に焦点を当て、エクスポージャーが安定した資金源と幅広くマッチしていることを担保するよう設計されている。NSFRは、EUのカバードボンド、デリバティブ、レポ市場に混乱が生じないよう、国際基準との乖離を考慮して調整されている。

市場リスク:CRR2の市場リスクに対する新しいアプローチは、バーゼル委員会のFRTB(Fundamental Review of the Trading Book)を反映したものである。当初、この新しい枠組みは報告義務としてのみ適用される。FRTBに関する作業はバーゼル委員会レベルで継続されているため、新しいフレームワークが拘束力のある資本要件としてEUに導入されるのは、欧州委員会からの別個の立法提案を経て、追って適用される見込みである。

第三国のグループのための中間親組織:欧州委員会が当初提案したCRDVの立法案では、特定の大規模な第三国のグループに対し、2023年末までにEU域内に中間的な親事業(IPU)を設立することを義務付ける内容が議論を呼んだ。最終文書では、IPU制度は若干緩和され、資産額の基準は400億ユーロ、G-SIBsには自動化されず、第三国の構造的分離ルールを満たすために必要な場合には、2つのIPUを利用して要件を満たすことができる。しかしながら、影響を受ける第三国のグループにとっては、IPUの要件は重大な構造改革の課題となる。

カウンターパーティの信用リスク:CRR2は、カウンターパーティー・クレジット・リスクに関する新しいバーゼルの標準化アプローチ(SA-CCR)をEUが導入するものである。新しいアプローチは、よりリスクに敏感で、ヘッジ、ネッティング、多様化、担保をよりよく認識することができる。

第2の柱の変更:CRR2 と CRDV では、機関別(第 2 の柱)の資本追加のアプローチを見直された。特筆すべきは、第2の柱の要件は、マクロ・プルーデンス・リスクではなく、ミクロ・プルーデンス・リスクに対処するためにのみ使用されるということである。義務的な第2の柱の資本追加と、より多くの資本を保有するよう監督当局が期待すること(いわゆる第2の柱のガイダンス)との関係が明確にされている。

G-SIBsのTLAC:BRRD2(銀行同盟では SRMR2)は、破綻処理に関するパッケージの主要部分である。しかし、CRR2には、EUのG-SIBsの総損失吸収能力(TLAC)に関する国際基準を実施する重要な条項が含まれている。CRR2は、G-SIBsに適用される自己資金および適格負債の最低要件(MREL)に関するEUの制度を国際基準に合わせることで、これを実現している。

持株会社とペリメーター:CRR2では、持株会社が監督領域に入り、グループの連結監督当局から「承認」を得ることが求められている。また、CRR2では、持株会社(事業会社だけでなく)は、コア・キャピタル、大口エクスポージャー、流動性、報告義務を適用範囲内で遵守しなければならない。

インフラ投資と中小企業向けエクスポージャー:新規則では、中小企業への融資を促進するために、中小企業へのエクスポージャーが資本要件の軽減の恩恵を受けられる閾値を引き上げている。また、リスクプロファイルとキャッシュフローの予測可能性に関する基準を満たすインフラへの投資については、必要資本が25%引き下げられる。

不良債権(NPL)について:CRR2には、不良債権の最低損失額に関するCRRの改正規則(2019年)に続き、EUの銀行による不良債権の管理を促進するための条項が含まれている。具体的には、CRR2は、不良債権の「大量処分」による資本への影響を緩和するために、CRRの信用リスク条項を調整した。

環境・社会・ガバナンス(ESG):CRR2とCRDVには、持続可能な金融に焦点を当てたいくつかの施策が含まれている。特に、欧州銀行庁(European Banking Authority )は、ESGリスクを監督プロセスに組み込む方法と、環境・社会的目標に関連する資産の取り扱いに関する2つの報告書作成タスクを開始した。新しいフレームワークでは、大規模な金融機関に対して、ESG関連のリスクを公開することが義務付けられた。

コロナ後のIRRBB規制

コロナ禍の前例のないレベルの財政刺激と金融緩和は中期的にはインフレにつながる可能性がある。そのためECBをはじめとする中央銀行は、テーパリング、利上げなどの政策に着手する必要に迫られるだろう。こういった引き締め環境において銀行のバランスシートの巻き添えを避けるためには、リスク管理の手法をさらに改善、つまり当局としてもIRRBBに対する規制のアプローチを強化することに焦点が当たりやすいことが予想される。今後も規制強化のトレンドは継続するものと考えられる。


参考資料)

Interest rate risk in the banking book (bis.org)

Interest Rate Risk in the Banking Book – Preparing the European Banking System for a Sudden Upward Shift in Interest Rates | Oxford Law Faculty

CRR2 and CRDV – The New EU Prudential Regulatory Landscape | Publications | Insights | Linklaters

ECB Guide to the internal capital adequacy assessment process (ICAAP) (europa.eu)


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