北アイルランド問題の整理

 

北アイルランド問題の整理

~ソーセージ編~

ブレグジット後の英国では、EU離脱協定(北アイルランド議定書)、特に冷蔵肉をめぐって、いわゆる「ソーセージ戦争」が繰り広げられている。アイルランドと北アイルランドの間には物理的国境(ハードボーダー)が存在しない、との幻想は早くも崩れ、事実上のハードボーダーが意識され始めている。本欄では論点と為替に与える影響を整理する。

ソーセージ戦争

北アイルランド議定書では英国本土から、英領北アイルランドへ冷蔵肉を運ぶ際には、検査が課されると定められている。しかし、6か月前に合意したはずの英政府が、海を挟んでいるとはいえ、同じ英国内での食品輸送に検査が課されるのに納得がいかない、と、はやくも北アイルランド合意の再検討を求めている。

英政府の主張は、冷蔵肉規制は、北アイルランド議定書第16条に反するというもの。これはセーフガード条項であり、「重大な経済、社会、環境上の困難」に直面した場合、議定書の適用を一方的に停止し、例外措置を講じることが可能とするもの。しかし、客観的に見て、6か月前に合意した内容を、特段の新材料もなく(コロナ危機は昨年の合意段階でも既出)、今更合意できないとする主張が同条項に該当するとは考えづらい。

北アイルランド議定書に定められる品目毎の猶予期間

(出所:BBC)

英国内の流通制限

英国から北アイルランドの店舗に供給される商品は、1990年代に狂牛病でEU市民の命が危険にさらされたことを受けて強化された、EUの厳しい食品規制を満たさなければならない。

英国内で、EU税関に提出する包括的な書類をチェックし、検査し、そしてもちろん肉そのものもチェックする厳格なルール。英政府はEU税関に関連データを送り、輸入通関のデータベースにアクセスできるようにする責務を負う。これにより、EUの検査官が遠隔で状況を把握できるようにするもの。

最初の6ヶ月間は、すべての関係者が慣れるまでの時間を確保するために、簡便措置がとられていたが、本格稼働を前に英政府はEUに猶予期間を6月30日から9月30日まで延長するよう要請。そして、ブリュッセルもその要求を容認する姿勢を示唆している。

英政府が冷蔵肉規制の猶予期間延長を要請した書簡原文


(出所:欧州委員会)

ポンドへの影響

冷蔵肉規制の延長要請がポンドに与える直接的な影響は殆どないと思われる。むしろ、今回、イギリスが延長を求めたことは、ある意味では進歩と考えられる。というのも英政府は3月に、すでに協定に違反し、EUに断りなく一方的に他の輸入品の猶予期間を延長し、EUに条約違反で裁判を起こされたケースがあるからだ。

しかし、北アイルランドでの不透明な政治運営は地政学リスクを高めるのも事実。ブレグジット後、北アイルランド議会の与党DUPでは、この1ヶ月で3人目の党首が就任する等、混沌としている。北アイルランド民主統一党のエドウィン・プーツ党首が、政権を得てからわずか3週間後に辞任を表明し、ジェフリー・ドナルドソン卿がDUP次期党首に決定したが、状況が好転したとは言い難い。英EU、双方の規制にさらされ、政情不安懸念が浮上する北アイルランドでは、人口増が2020年(6月30日までの1年間)に過去20年で最も遅いペースを記録。純移住(出て行く人の方が多い)が2013年以来初めて発生する事態に陥っている。

冷蔵肉規制を巡っても、猶予期間が9月30日に移ったとしても、英政府が再度、猶予期間の延長を要請する可能性は相応に高い。両者が合意した議定書を棚上げし、最終的に形骸化させるためのトリックのようにも見える。宙ぶらりんの状況が解消される見込みのない中、英国との一体性を重んじるプロテスタント系住民(ユニオニスト)の不満は制御できるのか。運用前から懸念は小さくなかったが、移行期間が終了して約半年が経過した今、行き詰まり感は否めない。暴動に発展する場合、ベルファスト合意前の混乱を想起させ、ポンド売り圧力がかかる懸念がある。また、北アイルランド問題がスコットランド独立機運に与える影響も軽視できない。


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