フォワードはディスカウント、スポットは上昇? 金利平価が示す為替の二面性
本コラムは為替市場の初学者向けに、主要な考え方をできるだけ平易な言葉で説明することを目的としています。厳密な数理や例外の網羅よりも、直観と全体像の理解を優先しています。
金利が上昇する局面において、為替市場では一見すると矛盾するような現象が観測されます。
- 先物市場(フォワード): ドルディスカウントが深くなる(ドル安方向への乖離)
- 直物市場(スポット): ドル高が進行する(ことが多い)
「金利が上がれば通貨は強くなるはずなのに、なぜ先物では安くなるのか?」
これは市場で当たり前のように日々起きている現象です。初学者にとっては直感的に「おかしい」と感じやすいポイントですが、この問いに対して明確な理論的解答を持っている市場実務者も意外に少ない印象を受けます。
この謎を解くには、「因果関係(人の動き)」と「均衡条件(数式の縛り)」の違い、そしてそれらが一瞬にして同時に決まるという市場のメカニズムを理解する必要があります。
1. 重要な区別:期待と裁定
市場を動かす力は大きく2つに分けられます。
① 期待と資本移動(不確実な「人の動き」)
「金利が高い通貨を持っていれば儲かるはずだ」という投資家の動機です。これにより資金が移動し、直物レート(Spot)に上昇圧力がかかります。これを説明する理論がUIP(アンカバー金利平価)ですが、現実には必ずしも成立しない(金利が高いのに通貨が下がることもある)という不確実性を含みます。
② 裁定取引(確実な「機械的調整」)
「直物、先物、金利差の間にズレがあれば、瞬時に利益を抜く」という裁定取引(アービトラージ)の力です。これはCIP(カバー付き金利平価)と呼ばれ、市場にフリーランチ(無リスクの利益)がない限り、強制的に成立する均衡条件です。
2. ドミノ倒しではなく「天秤」の釣り合い
よくある誤解は、「金利が上がる→直物が買われる→その後に先物が調整される」という時系列のストーリーで考えてしまうことです。
現代の市場では、これらは同時に起きます。
市場には巨大な「天秤」があると考えてください。
この天秤は、裁定取引によって常に水平に保たれています。
もし米金利が上昇して[金利差]という重りが変われば、天秤を水平に保つために、[直物レート]と[先物レート]のバランスも「瞬時に」組み替わります。
どちらが先に動くか(原因か)ではなく、「金利差が開いた状態」で天秤が釣り合うためには、「直物高・先物安」という組み合わせがセットで成立していなければならない、というのが正確な理解です。
3. 数式で見る「整合性」
この「天秤」の関係を数式(CIP)で確認します。
これは因果関係を示すものではなく、3つの変数が同時に満たすべき状態を示しています。
この式変形を行うと、以下の関係が見えてきます。
■ 整合性の確認
もし市場が(キャリー取引などの需要で)「直物ドル高(Sの上昇)」を選択し、かつ「米金利(rUSD)」が高い状態にあるなら、数式上、先物レート(F)は必ず現在のレートより低く(ディスカウントに)なっていなければ計算が合いません。
つまり、「直物高」と「先物安」は矛盾しているのではなく、金利差が存在する世界で計算を合わせるための必然的な動きなのです。
4. 現実世界のパズル
ここまでは教科書的な「きれいな世界」の話ですが、現実の市場(実務・研究の世界)ではさらに深い視点が必要です。
「米金利が上がればドル高になる」というのは、あくまで一つの理論的経路(資本フロー)に過ぎません。
学術的には「Forward Premium Puzzle」として知られるように、高金利通貨が必ずしも将来減価するわけではなく、むしろ増価し続ける(UIPが成立しない)ケースが頻繁に観測されます。
2008年の金融危機以降、前述の「天秤(CIP)」すら完璧には機能しなくなっています。
規制によるコストや銀行のバランスシート制約により、裁定取引が完全に行えず、理論値から乖離した状態(クロスカレンシー・ベーシス)が常態化しています。
まとめ
「金利上昇時に、直物高と先物安が同時に見える」現象について、初学者が押さえるべきポイントは以下の通りです。
- 同時性: 「直物が動いてから先物が動く」のではなく、金利平価という天秤の上で同時にバランスされている。
- 整合性: 先物が安くなるのは、高い金利と高い直物レートを数式上で矛盾させないための調整結果(均衡)である。
- 現実: 「金利が上がれば必ず直物が上がる」という単純な因果関係ではなく、市場はもっと複雑な要素(リスク許容度や規制コスト)で動いている。
「直感的なストーリー」と「厳密なメカニズム」の違いを知ることは、相場の解像度を高める第一歩です。
これシンプルだけどわかりやすい・・・
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