金利平価が示す為替の二面性

本コラムは為替市場の初学者向けに、主要な考え方をできるだけ平易な言葉で説明することを目的としています。厳密な数理や例外の網羅よりも、直観と全体像の理解を優先しています。

日米金利差が上昇する局面において、為替市場では一見すると矛盾するような現象が観測されます。

  • 先物市場(フォワード): ドルディスカウントが深くなる(ドル安方向への乖離)
  • 直物市場(スポット): ドル高が進行する(ことが多い)

「金利差が広がればキャリーで通貨は強くなるはずなのに、なぜ先物では安くなるのか?」

これは市場で当たり前のように日々起きている現象です。初学者にとっては直感的に「おかしい」と感じやすいポイントですが、この問いに対して明確な理論的解答を持っている市場実務者も意外に少ない印象を受けます。

この謎を解くには、「因果関係(人の動き)」と「均衡条件(数式の縛り)」の違い、そして金利平価には二つの異なる概念があることを理解する必要があります。

1. 金利平価の二つの顔:CIPとUIP

為替市場を理解する上で、カバー付き金利平価(CIP)アンカバー金利平価(UIP)の区別は極めて重要です。両者は似た名前ですが、本質的に異なる概念です。

カバー付き金利平価(CIP) アンカバー金利平価(UIP)
英語名 Covered Interest Parity Uncovered Interest Parity
対象 直物・先物・金利の関係 直物・将来の期待直物・金利の関係
リスク 為替リスクをヘッジ(カバー) 為替リスクを取る(アンカバー)
性質 裁定取引による均衡条件 期待形成に基づく仮説
成立可能性 ほぼ成立(2008年以前)
近年は乖離が常態化
実証的には不成立
(Forward Premium Puzzle)

① カバー付き金利平価(CIP):裁定の世界

CIPは「直物、先物、金利差の間にズレがあれば、そこから利益を抜く」という裁定取引(アービトラージ)によって成立する関係式です。

F = S × 1 + rJPY 1 + rUSD

これは均衡条件であり、因果関係ではありません。市場参加者が裁定機会を見つければすぐに取引するため、取引コストやバランスシート制約が無視できる範囲では、この関係は機械的に成立します。

例:裁定取引の仕組み
もしCIPが成立していなければ、以下の取引で無リスクで利益を得られます:
  1. 円を借りる(金利 rJPY
  2. 直物市場でドルに替える(レート S)
  3. ドルを米国で運用する(金利 rUSD
  4. 同時に先物市場で将来のドルを円に戻す契約をする(レート F)
この取引が無リスクで儲かるなら、市場参加者が殺到し、レートが調整されてCIPが成立します。

② アンカバー金利平価(UIP):期待の世界

UIPは「高金利通貨は将来減価する」という期待形成に基づく仮説です。

E[St+1] = St × 1 + rJPY 1 + rUSD

ここで E[St+1] は将来の期待直物レートです。UIPは「金利差は将来の為替変動への期待で相殺される」という考え方ですが、これは裁定条件ではなく、リスク中立的な投資家の行動を仮定した理論です。

重要な違い
CIPは「先物レート(契約で確定した未来の価格)」を扱います。
UIPは「期待直物レート(予想される未来の価格)」を扱います。
先物レートは確定値、期待直物レートは不確実な予想という点で本質的に異なります。

2. 「直物高・先物安」はCIPの帰結

さて、冒頭の謎に戻りましょう。「米金利上昇時に、なぜ直物は高く、先物は安くなるのか?」

この現象はCIPによって説明されます。市場には巨大な「天秤」があると考えてください。

[直物レート] × [金利差] = [先物レート]

この天秤は、裁定取引によって常に水平に保たれています。もし米金利が上昇して[金利差]という重りが変われば、天秤を水平に保つために、[直物レート][先物レート]のバランスも瞬時に組み替わります。

同時決定のメカニズム

よくある誤解は、「金利が上がる→直物が買われる→その後に先物が調整される」という時系列のストーリーで考えてしまうことです。現代の市場では、これらは同時に起き得ます。

どちらが先に動くか(原因か)ではなく、「金利差が開いた状態」で天秤が釣り合うためには、「直物高・先物安」という組み合わせがセットで成立し得る、というのが実感です。

数式で見る整合性

CIPの式を変形すると、以下の関係が見えてきます。

S = F × 1 + rUSD 1 + rJPY

もし市場が(キャリー取引などの需要で)「直物ドル高(Sの上昇)」を選択し、かつ「米金利(rUSD)」が高い状態にあるなら、数式上、先物レート(F)は必ず現在のレートより低く(ディスカウントに)なっていなければ計算が合いません。

つまり、「直物高」と「先物安」は矛盾しているのではなく、金利差が存在する世界でCIPを満たすための必然的な組み合わせです。

3. 現実世界の二つのパズル

ここまでは教科書的な「きれいな世界」の話ですが、現実の市場では、CIPもUIPも完璧には成立していません。

① Forward Premium Puzzle(UIPの失敗)

UIPが成立するなら、高金利通貨は将来減価するはずです。しかし、実証研究では逆の結果が繰り返し観測されています。

高金利通貨は、減価するどころか、むしろ増価し続ける傾向がある。これがForward Premium Puzzleです。

つまり、先物レート(F)は将来の直物レートの予測にはなっていません。なぜUIPが成立しないのか? 主な理由として:

  • キャリートレード: 高金利通貨を買い続ける資本フローが継続的に発生
  • 非合理的期待形成: 市場参加者の期待は必ずしも合理的ではない

CIPが「先物と直物の関係」を規定する一方、UIPは「将来の直物の期待」を扱っており、後者は不確実性とリスクプレミアムによって大きく歪むのです。

② CIP乖離の常態化(2008年以降)

さらに深刻な問題として、2008年の金融危機以降、前述の「天秤(CIP)」すら完璧には機能しなくなっています。

クロスカレンシー・ベーシス
規制によるコストや銀行のバランスシート制約により、裁定取引が完全に行えず、理論値から乖離した状態が常態化しています。これは「CIPベーシス」や「クロスカレンシー・ベーシス」と呼ばれます。

かつては「裁定によって必ず成立する」と考えられていたCIPでさえ、現実の金融市場では摩擦費用や規制の影響を受けているのです。

4. 注意すべき説明の曖昧さ

⚠️ 扱われ方に注意
金利平価の議論では、SとFのどちらを起点にしているのかが曖昧なまま語られることがあります。主語(恒等式の左辺)を明示しなければ、どちらの方向にも解釈できてしまう都合の良い説明がなされることがあるので、前提が明確に示されているかに注意を払うことが大切です。

また、「米金利が上がればドル高になる」というのは、あくまで一つの理論的経路(資本フロー)に過ぎません。為替は、金利差だけでなく、景気見通し、リスク選好、資本フローなど複数の要因が絡み合って動く複合的な価格です。

まとめ

「金利上昇時に、直物高と先物安が同時に見える」現象について、初学者が押さえるべきポイントは以下の通りです。

理論面

  • CIPとUIPの区別: カバー付き金利平価(CIP)は裁定による均衡条件で、直物・先物・金利の関係を規定。アンカバー金利平価(UIP)は期待に基づく仮説で、実証的には成立しない(Forward Premium Puzzle)
  • 同時性: 「直物が動いてから先物が動く」のではなく、金利平価という天秤の上で同時にバランスされ得る
  • 整合性: 先物が安くなるのは、高い金利と高い直物レートをCIPで矛盾させないための調整結果(均衡)である

現実面

  • UIPの失敗: 高金利通貨は減価せず、むしろ増価する傾向(Forward Premium Puzzle)。リスクプレミアムとキャリートレードが主因
  • CIPの不完全性: 2008年以降、規制やバランスシート制約により、裁定が完全に働かず、CIPベーシス(乖離)が常態化
  • 多要因性: 金利差は為替を動かす一要因に過ぎず、市場はより複雑な要素(リスク許容度、規制コスト、期待形成など)で動いている

コメント

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

仏国債格下げで目が覚めたブレグジット島~こんにちは現実、格下げされたのはロンドナーのボーナスでした~

「通貨介入」は円安を止めれるのか?~数字上の制約~

Brexit.xlsm ~「最終セルの直書き」からの循環参照・計算不能~

ファンダメンタルズから乖離という言い訳

ロンドン4時、ロンフィク、WMR~為替市場の根幹なのに理解されていないフィキシングの実態~