投稿

8月, 2025の投稿を表示しています

自国通貨建て国債は本当に「安全」なのか:理論と市場現実の狭間で

自国通貨建て国債は本当に「安全」なのか:理論と市場現実の狭間で 「自国通貨建ての国債はデフォルトしない」——財政論議でしばしば聞かれるこの主張は、一定の妥当性を持つと同時に、危険な単純化でもある。本稿では、理論的な会計構造と市場の現実、そして日本固有の文脈を整理し、財政の持続可能性について考察する。 1. 自国通貨建て国債の理論:会計恒等式の限界 理論的基礎 現代貨幣理論(MMT)を含む一部の経済学派は、自国通貨を発行できる政府は名目的な資金制約に直面しないと主張する。実際、 政府支出→民間預金増加→国債購入資金の創出 という循環は会計恒等式として成立する(Wray, 2015)。日本銀行も2016年の「量的・質的金融緩和」の総括的検証において、財政ファイナンスのメカニズムを事実上認めている。 債務管理戦略の限界 金利上昇局面に入り、財政負担の増大が国会や市場で懸念される中、短期債への依存を高めれば利払いを抑えられるという議論が一部で浮上した。しかし、この理論には重大な前提がある。財務省が「超長期債の発行を抑え、短期債中心に切り替えれば金利リスクを回避できる」という議論は、 市場の価格形成メカニズムを軽視している 。短期金利が将来も低位に固定されるという前提に立つもので、市場の反応を十分に踏まえていない。 短期債比率の上昇はむしろロールオーバーリスクを高め、金利を押し上げる逆効果を招き得る。 長期金利は以下の要因で決定される(Fisher, 1930の古典的枠組みを現代化したもの): 実質金利 (経済成長率とリスクフリーレートの期待) インフレ期待 (BEI: Break-Even Inflation等で測定可能) 期間プレミアム (長期保有リスクへの補償) 日本の10年国債金利を例にとると、2024年初頭から日銀の政策修正観測が強まった際、長期金利は0.2%台から一時1.1%超まで急上昇した。これは「発行年限を変えれば済む」という単純な話ではないことを示している。 2. 市場の脆弱性:英国LDI危機の教訓 事象の経緯 2022年9月の英国LDI(Liability-Driven Investment)危機は、 財政政策への信認低下が金利市場の需給構造を通じ...